球磨川の悲劇を繰り返さないために。なぜ日本の水害対策は「命を守る」視点が欠けているのか?
日本の堤防は、なぜ決壊してしまうのか? 水害から命を守る民主主義へ』(現代書館)を上梓したばかりの弁護士・西島和氏に球磨川の治水を振り返って考えていただいた。
2008年、蒲島郁夫・熊本県知事が、球磨川の支流・川辺川に計画されていた川辺川ダム計画を「白紙撤回」すると宣言しました。
川辺川ダム計画については、2001年から国と住民との間で対話を行う「住民討論集会」が開催され、国は川辺川ダムが流域の水害対策にどのように役立つのか、説明することができませんでした。
清流川辺川・球磨川は、尺鮎とよばれる大きく香ばしい鮎がすむ場所、ラフティングなどの水遊びの場所として、地域に恵みをもたらしてきました。この川辺川・球磨川を守りたいという地域の声、そして、水害を拡大させるダムではなく川底の掘削などの「流す」機能を向上させる対策で水害への安全度を高めてほしいという地域の声が、知事の「白紙撤回」宣言へ結びつきました。
2009年1月、「ダムによらない治水対策を追求する」として「ダムによらない治水を検討する場」の第1回会合が開かれました。この会議には、国と県、関係市町村が参加し、「ダムを前提とした計画」にかわる対策について協議されるはずでした。しかし、約1年半にわたり会合を重ねても、国からはいくつかの「直ちに実施する対策」が示されただけで工程表が示されず、第8回会議では流域市町村から次々に抗議の声があがります。
「(直ちに実施とされている対策について)だいたい5年とか、10年とか年数を示していただくことはできないだろうかと思っております」(水上村長)
「実際洪水を受けているところがあって、もう8回もやって(略)どういうものを整備をしなくちゃいかんということをお示しをいただくべきじゃないですか」(球磨村長)「今のような国の、いつまで経ってもですね、いつまでどこまでするか分からないような計画ではですね、我々は住民に対して、説明責任がとれません」(錦町長)
その後、国から「事務レベルの協議」でスピードアップを図ることが提案され「幹事会」を開催することになるのですが、「事務レベル」でスピードアップするはずの会議は、2年8ヶ月間の間に5回しか開催されず、挙句の果てに、「追加して実施する対策」によっても全国レベルより低い安全度しか実現しない、との見解が示されます。
2014年4月の第10回会議で、蒲島知事は「現時点で最大の検討が尽くされた」が「全国の直轄河川に比べて低い水準にとどまっている」と発言。2015年2月の第12回会議では「川辺川ダムに代わる対策を見出すことに至りませんでした」として「ダムによらない治水を検討する場」は廃止されます。
ここまでの議論で、結局「直ちに実施する対策」「追加して実施する対策」がいつまでに完成するのかは示されていません。例えば、地元が強く要望していた上流の人吉(ひとよし)地区の「流す」対策は一部盛り込まれましたが、これが「いつまでに実施されるのか」との住民の問いに、国は「期間を示すことはできない」と突き放しています。
その後、球磨川の治水をめぐる議論は「球磨川治水対策協議会」へと転換し、「川辺川ダムに代わる対策を見出すことができませんでした」といいつつも「川辺川ダムに代わる対策」が延々と議論され、「川辺川ダムなしでは対策に100年かかる」といったふまじめな「プランB」(代替案)が提示されています。
本来、河川法にもとづき策定されるべき「河川整備計画」は、30年程度の期間で実施する対策をもりこむことになっていますから、国は2009年以降早急に「30年間で実現できる現実的な対策」を示さなければなりませんでしたが、こうした対策はついぞ示されていません。こうした経過からは、「やっぱりダム」「どうしてもダム」の路線ははじめから既定となっていたようにみえます。
なお、蒲島知事について「ダム反対派」というイメージで語られることがありますが、知事のこれまでのダムに対する姿勢をみると、ダム中止を求める裁判に負けた(高裁では住民逆転敗訴)路木(ろぎ)ダム建設を強行したり、前知事が決めていた荒瀬ダム撤去を撤回してダムを残そうとしたり(その後撤回を撤回してダム撤去が実現した)、上流の水害の原因となっているとして流域住民が撤去を求めていた瀬戸石(せといし)ダムの水利権を更新してダム撤去を阻んだりと、どちらかというとダム建設の推進・ダム撤去の阻止に熱心なようにみえます。今後、川辺川ダムについてどのような姿勢を示すのか、注目されます。
いずれにしても、10年にわたり「ダムによらない治水を検討するフリをする」会議が行われていた間、球磨川の水害対策につけられていた予算は年間20~30億円程度です。国は、予算の充実をのぞむ自治体首長に対し「公共事業全般非常に(予算が)減ってきている」と弁解していますが、川辺川ダムの事業費は3300億円ともいわれており、文字通り桁違いです。
ダムについては巨額の予算つけられるのに、「流す」対策への予算の積み増しはされない、むしろダムの建設が始まりダム予算が増大すると「流す」予算は減っていく、というのがこれまでの日本の水害対策の特徴です。重要なのは公共事業予算の総額ではなく、使いみち、優先順位だといえます。
2020年7月豪雨は、各地に深刻な被害をもたらしました。熊本県では、球磨川の本流・支流で氾濫が起こり、流域の人命、財産が失われました。球磨川中流にある特別養護老人ホーム・千寿園では14人の方が亡くなりました。
気候危機の時代にあって、こうした水害は今後、全国で発生する可能性があります。水害を防止し、または少しでも小さくするために、何が必要なのか? 『「子孫に球磨川という宝を残せるように」川辺川ダム白紙撤回
結論ありきだった「ダムによらない治水」の検討
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