―― 今後、佐高さんは菅政権をどう批判するのですか。
佐高:私が特に問題視しているのが、
菅と竹中平蔵の関係です。竹中と菅は小泉政権時にそれぞれ総務大臣と総務副大臣を務めた経緯から、現在に至るまで頻繁に会う間柄です。人材派遣会社パソナの会長である竹中は安倍政権でも重用されたが、菅政権ではそれ以上に重用される可能性が高い。
そうなれば、安倍政権の下で拡大した格差がより深刻化するでしょう。アベノミクスの本質は会社が富んで社員が貧しくなる「社富員貧」、国家が富んで国民が貧しくなる「国富民貧」にすぎなかった。菅がそのアベノミクスを継承して、そこに「若者には貧しくなる権利がある」などと放言している竹中がくっつけば、
アベノミクスより有害な「スガノミクス」が生まれかねない。この点は徹底的に追及すべきです。
―― 安倍政権が終わっても、安倍政権的な政治は終わらない。
佐高:最大の問題は、安倍の手によって岸信介の亡霊が復活してしまったことです。もともと自由民主党は、吉田茂の自由党と岸信介の民主党が合体した政党です。しかし戦時中に終戦工作をした廉で投獄された吉田茂の自由党と、開戦詔書に署名してA級戦犯に指定された岸信介の民主党の合流には最初から無理があった。自由民主党は結党の瞬間から矛盾を抱え込んでいたのです。
戦後、作家の吉村昭は城山三郎との対談の中で「あの戦争、負けてよかったですね」と発言しました。問題は、あの戦争で日本の何が負けたのかということです。それは戦前の全体主義であり、官僚統制であり、軍人万歳であり、国民同士の監視密告社会でしょう。あの戦争で戦前の自由なき体制が負けて、戦後の自由な社会がもたらされた。だから、「負けてよかった」のです。
この言葉を借りれば、吉田茂の系統は戦後の自由な社会を是として「あの戦争に負けてよかった」と考える政治勢力であり、岸信介の系統は戦前の自由なき社会を是として「負けてよかった」とは考えない政治勢力だということです。
自民党の主導権は長らく吉田茂の系統を引く宏池会が「保守本流」として握ってきましたが、2000年代からは岸信介の系統を引く清和会が握るようになってしまった。そして岸直系の第二次安倍政権に至って、自民党は完全に清和会に乗っ取られ、宏池会は事実上滅んでしまった。その象徴が、今回の総裁選における岸田文雄の哀れな姿でしょう。戦後の自民党は長らく「あの戦争に負けてよかった」と考える政治勢力が主導してきたが、現在の自民党はそうとは考えない政治勢力に支配されてしまったということです。
その結果、社会全体の雰囲気も変わってしまった。戦後の日本は戦争に対する深い反省の上に立ち、いわば「あの戦争に負けてよかった」と考える健全な思想が主流でした。しかし、安倍が長年総理の座に居座り続けたことで岸の亡霊が復活してしまい、それまで影に隠れていた「あの戦争に負けてよかった」とは考えない危険な思想が大手を振るい、戦前に対する憧憬と戦後に対する侮蔑が公然と語られるようになった。安倍政権の下で燃え上がったヘイトスピーチや反中嫌韓ブームなどもその表れでしょう。
一方、菅はもともと宏池会に所属していましたが、今では清和会の安倍路線を継承しようとしている。菅は政治の師として梶山静六を尊敬しているというが、梶山の反戦平和主義は全く受け継いでいない。結局、菅も「あの戦争に負けてよくなかった」という岸的・安倍的な流れに乗って政権を運営していくはずです。
しかし見方によっては岸の亡霊に取りつかれた安倍よりも、こういう
「思想なきカメレオン」のような菅のほうが危険だとも言えます。菅政権は安倍政権以上にグロテスクな政権になり、日本の政治や社会をさらに悪化させかねない。今後は安倍批判以上に厳しい菅批判を徹底的にやらなければならないと思います。
(9月3日、聞き手・構成 杉原悠人)
<提供元/
月刊日本2020年10月号>