そうした研究結果以外でも、「アナボリック・ステロイド」を外部から投与することでホルモンバランスが崩れ、男性の乳房が女性化したり、あるいはあくまでも俗説だが性格に変性を来す「
ロイドレイジ」の存在は、少しでもウエイトトレーニングをやったことがある人間であれば、一度くらいは聞いたことがある「常識」だ。
「ところが、不思議なことに、少なくとも私が知る限りでは先述したような
危険性を説明している医療機関や医師が少ないようです。ある患者さんによると『前立腺がんのリスクはない』ことは延々と聞かされたのに、先述したような心血管系疾患のリスクはまったく説明がなかったそうです。女性のHRTの場合は血栓症のリスクを説明されていない患者は(ほぼ)いませんが、
男性のテストステロン補充療法では同様のリスクが説明されていないのです」
こうした流れは、昨今You Tubeなどで「
フィットネス系YouTuber」が人気を集めている状況も背景にあるのではないかという指摘もある。コンテスト経験もあるボディビル愛好家はこう語る。
「最近、You Tubeなどで人気を博しているマッチョ系YouTuberについて、昔からのボディビル界では苦々しく思う声が浮上しています。僕ら真剣にトレーニングをしているトレイニー(トレーニング愛好家のこと)は、厳しい食事管理や健康管理をしっかりした上で、高負荷のトレーニングをして身体を作っています。しかし、一部のYouTuberは、本当はステロイドを打っているにも関わらず、それを隠した上で食事やトレーニングの動画をアップしたり、セミナーを行って、『あなた達も僕らのようなトレーニングや食事をすればこの身体になれます』と謳っている。言葉は悪いけど、あれは詐欺にも近い。残念ながら、そういう人たちがサプリメーカーの広告塔になったりするケースもある」
「手軽に痩せたい」という欲望は昔から存在していたが、マッチョな身体も手軽に……と、テストステロン注射をしようと思う人がいるとはにわかに信じがたいが、ロッカールームで声をかけてくる怪しげなプッシャーではなく、医療機関がやっていたら……。ドーピングチェックがあるアスリートでもなく、副作用などの知識にも疎い人は手を出してしまうかもしれない。もちろん、日本においてテストステロン注射は別に非合法ではないし、テストステロン補充療法も男性更年期障害などには有効な治療法の一部ではあるだろう。しかし、単に「いい体になれる」というような謳い文句には、倫理的に疑問符が付いてしまう。