北朝鮮に蔓延する外国ヘイトと二面性<アレックの朝鮮回顧録14>

金日成総合大学3号校舎(筆者撮影)

  2019年7月4日、北朝鮮の金日成総合大学に通うオーストラリア人留学生アレック・シグリー氏が国外追放された。  朝鮮中央通信はシグリー氏が「反朝鮮謀略宣伝行為」を働いたとして6月25日にスパイ容疑で拘束、人道措置として釈放したと発表。北朝鮮の数少ない外国人留学生として、日々新たな情報発信をしていた彼を襲った急転直下の事態に、北朝鮮ウォッチャーの中では驚きが走った。  当連載では、シグリー氏が北朝鮮との出会いの経緯から、逮捕・追放という形で幕を下ろした約1年間の留学生生活を回顧する。その数奇なエピソードは、北朝鮮理解の一助となるか――?

「冷たく、寂しい時期」だった3学期  

 私が金日成総合大学で学んだ3学期の間は、私の人生において冷たく寂しい時期であった。  国家安全保衛省に逮捕される前、すでに私は北朝鮮に対し万感の思いが交差していた。これまでの連載で説明したとおり、私は平壌で長期居住する外国人として、もどかしいほどの監視と疑心に満ちた目線の中で暮らさなければならなかった。  この国を心から愛する私は、北朝鮮の人々にとっての近しい友人になりたかったが、北朝鮮は外国人との私的な交流を阻み、外国人の「内部資料」使用禁止も博士院生としての私の研究を妨げた。  長い間考えてきたが、北朝鮮での生活において最も不安だったのはまさに“偽善”である。偽善はもちろん、北朝鮮だけにあるわけではない。  自由主義・資本主義社会にも多くの偽善がある。この偽善はまさにジョージ・オーウェルの「1984」で出てきた二重思考(ダブルシンキング)に当てはまる。  私は北朝鮮で暮らし、そのような偽善をあまりに多く見てきた。人々をそのような偽善的な存在に仕立て上げる政治制度に対する憤りが込み上げたし、真理がなく、ありのままの人生を生きられない政治制度のもとにいる人々をとても哀れむようになった。

北朝鮮の二重思考とダブルスタンダード

 私が出会ったとある同宿生(同じ寄宿舎に暮らす現地人学生の意)は、そうした二重思考の化身であった。  私が最初に到着したとき、彼は私と比較的仲良く過ごした。彼は自身の部屋でお茶を飲もうと我々を招待することもあった。  彼は留学生と積極的に親しくなろうとする唯一の同宿生であるように見えた。彼は他とは違い、一人部屋で暮らしており、同宿生の責任者という特別な地位にあった。その部屋は留学生宿舎の4階にあったのだが、留学生を管理する課長の事務室の横にあった。  部屋の窓からは黎明通りと金日成総合大学の校庭を見下ろすことができた。彼の部屋の前には他の同宿生がしばしば現れ、注意深くドアを叩く音が聞こえていたりもしたし、彼と一緒にいるときは、絶えず電話がかかってきていた。  思い返してみると、明らかに一般の人間ではなかった。彼は課長の下で動かねばならなかったが、時に課長の指示に抵抗することもあった。  彼の部屋で二人、または他の留学生とともに皆で茶を飲みながら話したことをよく覚えている。  他の同宿生もいたが、彼の前ではつねに緊張しているように見えたし、時々しか訪れて来なかった。その同宿生は西洋のクラシック交響曲をかけながら高麗人参茶を淹れてくれた。  北朝鮮版コスモポリタン青年のように見えた彼はレッド・ツェッペリンの「天国の階段」も知っていた。彼の机の上は金日成総合大学の教科書を除くと、「朝鮮のもの」がなかった。  本棚では題目が背表紙に金箔で押されたマーク・トゥエインの「トム・ソーヤの冒険」が目を惹き、机の上には他の同宿生と同じく外国の贅沢品が羅列されていた。
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MacBook Proと、サムスンのスマホを愛用する北朝鮮の幹部学生
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