自民党の富山市議ら14人の不正を暴き辞職に追い込んだ『はりぼて』監督が語る、「報道の使命」
『はりぼて』が渋谷のユーロスペースにて公開されています。
“有権者に占める自民党員の割合が10年連続日本一”である保守王国、富山県。2016年8月、平成に開局した若いローカル局「チューリップテレビ」のニュース番組が「自民党会派の富山市議 政務活動費事実と異なる報告」とスクープ報道をした。この市議は“富山市議会のドン”といわれていた自民党の重鎮で、その後、自らの不正を認め議員辞職。これを皮切りに議員たちの不正が次々と発覚し、8ヶ月の間に14人の議員が辞職していった。
その反省をもとに、富山市議会は政務活動費の使い方について「全国一厳しい」といわれる条例を制定したが、3年半が経過した2020年、不正が発覚しても議員たちは辞職せず居座るようになっていった。記者たちは議員たちを取材するにつれ、政治家の非常識な姿や人間味のある滑稽さ、「はりぼて」を目のあたりにしていく。しかし、「はりぼて」は記者たちのそばにもあった。
本作は、テレビ番組放送後の議会のさらなる腐敗と議員たちの開き直りともいえるその後を追った政治ドキュメンタリー。あっけなく辞職する議員たちの滑稽な振る舞いは、観る者の笑いを誘わずにいられない。追及する記者を含めた私たちは、腐敗した議会や議員たちを笑うことしかできないのだろうか。果たして「はりぼて」は誰なのか――
監督は「富山市議会政務活動費不正取材チーム」として一連の調査報道を行ったチューリップテレビ記者の五百旗頭(いおきべ)幸男さんと砂沢智史さん。今回は五百旗頭監督、砂沢監督のお二人に一連の報道の後の富山市の様子や今後の活動などについてお話を聞きました。
――2013年の市議会議員選挙では40名中7割の28名が自民党議員でしたが、2017年当選の自民党員の比率は38名中22名となり6割弱程度と比率は下がっています。政務活動費の使い切り率もルールを厳しく定めた条例ができ、不正発覚前の2015年度は100%でしたが、現在は6割強程度ですね。報道による一定の成果があったのではないかと思いますが、この点についてはどのように感じていますか。
砂沢:正直、報道の成果はあまり感じていないです。議員の半数が入れ替わったというのは、顔ぶれが変わっただけで会派の勢力の構図はあまり変わっていないんですね。そして議員の顔ぶれの変化により政策が新しくなって市民の生活が良くなったかと言われると、そういう事はありません。僕も富山市民ですけれども変化の実感はないです。
一連の報道で政務活動費の使われるルールが変わって、お金がきちんと使われるようになった。当たり前のことがようやくできるようになっただけで何か「良くなった」という気はしません。
五百旗頭:報道の成果については無力感を感じています。そしてその無力感をこの映画でも描いたつもりです。政務活動費の不正使用の報道をきっかけに14人の市議が辞職した頃、砂沢が TBS の「報道特集」や「NEWS23」に出て全国から激励のメッセージが届いたんですね 。その時は僕らの仕事の影響力はすごいと思いました。
では4年たって議会がどうなっているかと言うと、同じことをしているにもかかわらず辞職しなくなった。ただそれだけです。今までの政務活動費の不正使用による返還は自民党会派だけで4528万円、全会派合計で6523万円です。そして、不正使用した政務活動費を返還した議員の25名のうち、辞職したのは14名ですが、1名が引退、在職は10名です(いずれも2020年1月現在)。ドミノ辞職後、2017年4月に選挙が実施されていますが、従来踏襲されてきた候補者の擁立方法の変化もなく、新しい政策も出ていません。
僕らの無力感や苦悩はそこですね。しかし、富山市議会の選挙の投票率は2013年が53%、不正発覚後の2017年は48%と相変わらず低いです。諦めはますます市民の無関心を招くのでメディアが根気よく取材して報道し続けることが必要だと感じています。
――不正発覚前の2013年4月の選挙で選ばれた市議会議員は40人中女性は2名です。しかも、30代以下の議員はゼロで、ほとんどが50代から70代の議員です。2017年ではようやく38名中女性議員は4名に増え、30代の議員も3名になっていますが、やはり50代から70代の議員が中心で多様性が確保された議会とは言えないと思います。東京とは異なる現象だと思いますが、なぜなのでしょうか。
砂沢:2013年当時の市議会議員選挙の候補者は地域の有力者か団体の代表者でした。そしてその代表者は年配の男性だったんですね。その背景には男尊女卑に近い風潮があったと思います。特に富山市は典型的な地方都市ということもあって、前例踏襲の発想が強い。そこを乗り越えてまで女性で議員になろうと思う人はいなかったんだと思いますね。
2016年に不祥事により大量の辞職者が出て、補欠選挙の時には野党も含めて女性が何人か立候補をしました。しかし、それでもまだ足りないと思います。
五百旗頭:結局、最大会派の自民党は地域に利益を還元してくれる人を地域の代表として送りたがっています。そして、それは必ずしも女性が必要であるという論理とは結びつかないんですね。
そこを打ち破ろうとする女性が現われた時に、その女性に掛かる負荷は相当なものだと思います。諦めてはいけないと思いますが、依然として村社会の自民党団の中に新しい考えを持つ女性が入って、何かを変えられるかと言われると現状では難しいと言わざるを得ません。
――五百旗頭さんは会社側との番組制作のスタンスの違いを理由に、今年3月末でチューリップテレビを退職していますね。その退職を部内で伝える姿が劇中にありました。
五百旗頭:今は、近隣のテレビ局の「ドキュメンタリー制作部」という専門部署でドキュメンタリーを作っています。
この映画を制作するにあたって、組織ジャーナリズムにおける葛藤、苦悩をどのように描くかという命題がありました。
僕らはこの映画を出すにあたり自分たちを「格好よく描く」ことだけはしたくないと思っていました。それもあって、自分の退職を部署のメンバーに涙ながらに伝えるシーンも、不正を認めて辞職する前の中川勇議員に砂沢が言いくるめられるシーンも入れました。
――映画に退職を告げるシーンを入れるか否かについては悩んだとの話も聞きました。
五百旗頭:当初はあのシーンを取るかどうかは悩みました。映画撮影中とはいえ、17年間お世話になった会社の退職を仲間たちに告げる場を、作品の素材にすることに対しては抵抗がありました。
ただ、今年の1月に砂沢や編集を担当したメンバーと3人で葛藤の部分の描き方について議論したんです。数日後に退職を告げるということは決まっていましたが、やはり組織ジャーナリズムの中の葛藤を描くには、一連の取材者である五百旗頭の葛藤を描くべきだという結論に至りました。
報道局制作長でもあり、この映画のプロデューサーの服部(寿人)に相談して、部の会議では最初はカメラを入れないで説明をし、全員の了承があった上でカメラを入れることにしたんですね。
――感極まった様子が伝わってきました。
五百旗頭:あの時僕は、監督でもあり被写体でもありました。あざとい話かもしれませんが、「誰か泣くのでは」と思って、そこを狙うという意図もありました。ところが、被写体である僕自身が涙してしまいました。感情の制御が利かなくてああいうことになってしまったのですが、自分の醜態を晒すようでやはりこのシーンは使いたくないという気持ちはありましたね。
あのシーンを入れるかは、砂沢はもちろん、服部とも他の報道局のメンバーとも話し合いました。もちろん使用については反対の意見もありましたが、大半は使うべきとの意見で、反対していた人たちと話し合い、相互に折り合ってああいう表現になったんです。
僕は会社を去る身でしたが、会社に残る選択をした残りのメンバーが会社と向き合って話し合い、それを会社側も認めてくれて良かったです。
◆<映画を通して「社会」を切り取る28>
「政務活動費を巡る調査報道」で日本記者クラブ賞特別賞などを受賞した富山のローカル局チューリップテレビが、その後3年にわたる取材を重ねて制作したドキュメンタリー報道後も変わらない現状
記者たちのその後
1
2
この連載の前回記事
2020.08.20
ハッシュタグ