米批評家も大絶賛の青春コメディ映画『ブックスマート』に学ぶLGBTQと多様性の描き方

© 2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.

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 8月21日より、青春コメディ映画『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』が公開されている。  米映画評サイトRotten Tomatoesで批評家支持率97%を獲得するなど絶賛で迎えられた本作は、痛快無比なエンターテインメントであると同時に、大げさにしない、サラッとしたLGBTQと多様性の描き方が最先端であり理想的とも言える内容だった。その具体的な魅力を紹介していこう。

バディものの警察映画を参考にした、2人の高校生が戦友になっていく冒険物語

 明日は高校の卒業式。親友同士のモリーとエイミーは、共に4年間勉学に勤しみ希望の進路を勝ち取った。ところが、パーティー三昧に見えていたクラスメイトたちも、同じかそれ以上にハイレベルな進路を歩むことを知ってしまう。2人は失った青春をたった1日で取り戻そうと、卒業パーティーに潜り込むことを決意する。  単純に言えば、これは「リア充爆発しろ!」ならぬ、「リア充の楽しさを1日だけで取り戻してやる!」な物語だ。卒業パーティーに呼ばれてもいなかった2人が、その場所にたどり着くためにあの手この手を使い、道中では大小様々なハプニングが起こる。あまりの事態に笑ってしまうと共に、彼女たちのことを心から応援できるようになっているのだ。
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 本作の監督を務めたオリヴィア・ワイルドは、本作を女の子たちが活躍するガールズ・ムービーというよりも、むしろアクション映画や戦争映画のような感覚で製作していたのだという。その理由の1つは、「大人には高校生の悩みなんてかわいく思えるけど、彼ら彼女らにとっては戦争だから」となのだとか。実際の本編でも、卒業パーティーに参加するまでの過程は命がけとも言っても過言ではなく、主人公2人は戦争を共に生き抜いた戦友のようにも見えてくる。  さらに、監督が参考にした映画は『ビバリーヒルズ・コップ』(1984)や『リーサル・ウェポン』(1987)だったのだという。パーティー会場への手がかりを得るために主人公のコンビが様々な証言や証拠を集め、推理をして奔走していく様は、確かに“バディものの警察映画”のようでもあった。  さらに、その主人公のコンビは、決して「イケていないガリ勉な女の子」ではない。彼女たちは下ネタも込みの毒舌を吐き、恋や性にも好奇心旺盛で、自己肯定感も強く、勉強漬けだった日々の鬱憤を卒業パーティーに潜り込むことで一気に晴らそうとする。そのキャラクターそのものが、とてつもなく痛快で愉快だ。
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 そんなわけで、本作にはダウナーな青春映画のような雰囲気はほとんどない、明るく楽しいエンターテインメント作品に仕上がっている。何しろ、魅力たっぷりな主人公2人の一夜限りの冒険を、戦争映画さながらの真剣さを備えつつも、バディものの警察映画の面白さをもって描いているのだから。下ネタは随所にあるが、それほどドギツイものではなく、一定の倫理観も保っている。極めて万人にオススメできる内容と言えるだろう。

サラッしているからこそ、真摯なLGBTQや多様性の描き方

 本作のもう1つの特徴は、LGBTQや多様性に関わる事柄が“サラッと”描かれていること。例えば、主人公の1人であるエイミーは同性愛者であることをカミングアウトしているが、同性愛者であることそのものへの葛藤は劇中では描かれない。親友のモリーは、当たり前のように彼女の恋路を応援し、その相談に乗っているのだ。
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 このことで、ヒーロー映画の『デッドプール2』(2018)を思い出した。こちらでは同性愛カップルが当たり前に登場して、サラッと「あ、そう、(付き合えて)良かったね」と祝福されていたのだから。同作はふざけたコメディシーンが満載ながら、壮絶な生い立ちの主人公の他、仲間に加わるのが何の能力も持たない中年男性だったりと、多様性のあるキャラクターを描いていた。これも『ブックスマート』と共通していることだ。  昨今の映画では、ポリティカル・コレクトネス的な配慮からか、同性愛者やLGBTQのキャラクターを登場させることも多い。それ自体は良い傾向とも言えるが、”特別なこと”として描かれることもままある。創作物が、そして現実に生きる私たちが真に目指すべきは、『ブックスマート』や『デッドプール2』のように、その人の性的指向や、本当に好きな人と一緒にいたいといった価値観を、大げさにすることなく認めて、あっさりと祝福して、普通に応援することではないか。
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 そして、『ブックスマート』の物語の後半で、主人公のモリーとエイミーは、学校から離れて自由に解放されたパーティー会場で、クラスメイトたちの違う側面を見ることになる。ここで、彼らが単なるリア充ではないこと、今までは偏見の目で彼らを見ていたのかもしれないと、(観客も)気づかされるのだ。  しかも、劇中のキャラクターは全くステレオタイプではない。モリーとエイミーはもちろん、登場シーンがごくわずかなはずのクラスメイトたちでさえも、そのちょっとしたセリフや行動だけで、彼らの豊かで複雑な人間性を知ることができるのだから。アジア系やメキシコ系など、その人種も多様だ。この“当たり前に”、“サラッと”、しかも“真摯な”、多様性の描き方は最先端であると同時に、理想的なものと言える。
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大人になったからこそ沁みる、あの時の友情
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