コロナ対策を牛耳る官邸「側用人」の跋扈と失墜<毎日新聞編集委員兼論説委員・伊藤智永氏>

「もう菅政権になっている」

―― 今回の失態で今井氏の権力も失墜したようです。 伊藤:代わって台頭したのが、これまで裏方に徹してきた内閣官房を率いる菅官房長官です。もともと今井氏と菅氏、官邸官僚と内閣官房はお互いの縄張りを犯さず、政権の両輪として総理を支えてきました。しかし今井氏はコロナ対策に失敗して、安倍総理は国民の批判を恐れて「巣ごもり」してしまった。そこで、この夏の人事異動でも霞が関を強力に掌握した菅氏が政府の陣頭指揮に乗り出したのです。  現在、政府はコロナ対策について「医療崩壊しない限り、社会経済活動は止めない」という方針を採っています。GoToキャンペーンを強行したのも、連日感染者の数が過去最多を更新しても緊急事態宣言を発令しないのも、この方針に基づく判断です。こうした政府のコロナ対策は全て菅氏が仕切っている。  ある政府高官は「もう菅政権になっているよ」と言い切っていました。安倍政権の実態は以前から菅氏が政権運営を取り仕切る「菅政権」でしたが、コロナ危機によってそれが可視化されたのです。  それを象徴するのが、『月刊Hanada』(2020年9月号)です。同誌には「安倍総理、闘争宣言」という総理インタビューと「菅官房長官、覚悟を語る」という官房長官インタビューが掲載されています。しかし総理と官房長官のインタビューが同時に掲載されるのは異常です。「総理だけでは政権を代表できない」という意味になるからです。  実際に中身を読んでみると、安倍総理はコロナ対策の言い訳ばかりです。一方、菅氏は「私はコロナ対策の全体を見てきました」「私は全体を見て指示を出すようにしている」「最後に判断する責任をもつのは政治であり政権ですから……社会経済活動とのバランスを判断していく」などと発言しています。  まるで菅氏がコロナ対策の責任者は自分であり、最後に責任を負う政権の主体は自分だと言っているようじゃないですか。こうして二人の話が並ぶと、実質的に安倍総理の「引退予告」と菅氏の「後継宣言」のようです。安倍支持者に対する菅氏の顔見世のつもりでしょうか。少なくとも安倍総理が辞任するまで安倍政権を運営するのは菅氏だと告知する内容になっています。

安倍総理は心が折れかかっている

―― 安倍政権には「影の総理」が二人もいるが、肝心の「内閣総理大臣」はどこに行ったのでしょうか。 伊藤:安倍総理は国民の批判を恐れて「巣ごもり」「雲隠れ」状態です。最近では森友問題で自ら命を絶った財務省近畿財務局の職員である赤木俊夫さんの遺書と夫人の手記が公開されたことに、「今頃こんなことを言われるなんて……」とショックを受け、意気消沈して心ここにあらずという様子だといいます。  もともと安倍総理は向こうっ気は強くても、心の芯が強い人ではないのでしょう。私は第一次安倍政権が退陣した日のことをよく覚えていますが、安倍総理は2007年9月10日の臨時国会召集日に「職責を果たし全力を尽くす」と所信表明演説を行い、9月12日午後1時に代表質問を行う予定でした。しかし当日の正午過ぎにテロ対策特別措置法の延長が難しくなった途端、その場で辞任の意向を伝えて午後2時から辞任会見を開きました。政権を放り出した本質的な理由は体調が悪かったからではなく、政権運営に行き詰まって心が折れたからだということです。対テロ戦争に出撃した米艦艇にインド洋上で給油を行うためのテロ対策特別措置法の期限切れが迫っていたのに、野党が反対する国会を打開できなかった。  それと同じように、いま安倍総理の政権運営は森友・加計・桜・コロナで行き詰まり、心が折れかかっている。第二次安倍政権は第一次政権と同じことを繰り返し、一次政権の1年間を8年間に焼き直しただけだったという結果に終わるのかもしれません。 ―― やる気を失った総理大臣に存在意義はありません。ましてや現在はコロナ危機の最中です。安倍総理は一日も早く退陣を決断すべきです。 伊藤:安倍総理も「もう辞めたい」と思っているかもしれませんが、第一次政権のトラウマがあるため、ある程度格好のつく退陣の方向性が示されない限り、辞任の意向を示すことはないでしょう。  確かに安倍政権はすでに存在意義を失っている。しかしこれだけの長期政権が退陣するのは大変な作業です。当分の間は退陣の方向性を探りながら、菅氏がレームダック化した安倍政権を運用する状況が続くことになるはずです。安倍政権は名実ともに「空虚な政権」になった。  これは国民にとって不幸なことです。しかしその責任は、8年もの長きにわたって「空虚な政権」を支え続けてきた国民にもあります。それを自覚しない限り、安倍政権が終わっても空虚な政治は終わらないでしょう。 (8月3日、聞き手・構成 杉原悠人) いとうともなが●1962年生まれ。毎日新聞入社以来、記者歴30余年。平成の日本政・官界を担当してきた。ジュネーブ特派員として2010年、アラブ民主革命やギリシャ経済危機の現場を歩く。毎日新聞にコラム「時の在りか」連載中。著書に「靖国と千鳥ケ淵 A級戦犯合祀の黒幕にされた男」(講談社+α文庫)「忘却された支配―日本のなかの植民地朝鮮」(岩波書店)他 <提供元/月刊日本2020年9月号
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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月刊日本2020年9月号

【特集1】中国とどう向き合うか

【特集2】コロナ危機から敵前逃亡する安倍総理

【特集3】問われる国家指導者の責任



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