観光客の無関心なまなざしとGo To トラベル<史的ルッキズム研究6>

シチュアシオニストが唱えた「スペクタクル社会」

 「スペクタクルの社会」は、ヨーロッパの芸術左翼集団、シチュアシオニスト・インターナショナルによって提出された概念です。シチュアシオニストは、1957年に登場したグループで、フランスの「5月革命」を準備したと言われています。彼らが問題にしたのは、文化領域における収奪、搾取、人間疎外の問題です。  大戦後のヨーロッパは、マーシャルプランによる戦災復興計画によって、アメリカ型の生活スタイルを受け入れていきます。人々の余暇は、レジャー産業によって組みなおされ、市場化され、産業的に設計された文化商品が普及していきます。  シチュアシオニストは、文化の産業化・商品化・広告化が、人間の感受性を侵すことになると警告し、文化領域での反資本主義闘争を訴えました。文化の商品化は、生活を豊かにするのではなく、人間疎外をより深刻化させる、と言ったのです。  シチュアシオニストは10年もせずに解散してしまいましたが、その思想はヨーロッパの左翼運動に脈々と受け継がれてきました。資本主義経済が人間の感受性を侵し破壊するという認識が共有されているのです。

無関心が支えるまなざし

 さて、話を戻して、「スペクタクルの社会」です。  大戦後の日本もヨーロッパと同様に、観光開発を進めてきました。1960年代から観光は大規模になり、習慣化し、新しいタイプの人間を生み出していきます。観客的人間。目に映るものだけを眺め、目に映らないものを想像することができない人間です。スペクタクルの規則を遵守する観客的人間が、事物を眺め、楽しみ、「経済をまわす」のです。  それは風景を愛でる場面でも、女性の華やかさを愛でる場面でも、共通した構造をもっています。対象の表面を眺めているだけで、本当の意味で関心を向けているわけではない。対象にたいして、本当はどこまでも無関心なのです。この無関心が、収奪の構造を可能にする条件となっています。観光客においても、アイドルファンにおいても、そうです。ぞっとするほどの無関心が、レジャー経済を支えているのです。 <文/矢部史郎>
愛知県春日井市在住。その思考は、フェリックス・ガタリ、ジル・ドゥルーズ、アントニオ・ネグリ、パオロ・ヴィルノなど、フランス・イタリアの現代思想を基礎にしている。1990年代よりネオリベラリズム批判、管理社会批判を山の手緑らと行っている。ナショナリズムや男性中心主義への批判、大学問題なども論じている。ミニコミの編集・執筆などを経て,1990年代後半より、「現代思想」(青土社)、「文藝」(河出書房新社)などの思想誌・文芸誌などで執筆活動を行う。2006年には思想誌「VOL」(以文社)編集委員として同誌を立ち上げた。著書は無産大衆神髄(山の手緑との共著 河出書房新社、2001年)、愛と暴力の現代思想(山の手緑との共著 青土社、2006年)、原子力都市(以文社、2010年)、3・12の思想(以文社、2012年3月)など。
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