宗教への「神聖視」と「閉鎖性」に伴うセカンドレイプのリスク<映画『グレース・オブ・ゴッド』は対岸の火事ではない 第3回>

神父イメージ

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 2回()に渡って、宗教者による性犯罪について考えてきた。今回は、まさしく映画『グレース・オブ・ゴッド』で描かれたような構図が日本におけるキリスト者による性犯罪でも起きている可能性について言及する。

不起訴・無罪率が高いキリスト者による性犯罪

 日本でキリスト者が容疑者になった性犯罪報道で目を引く点がもう1つある。不起訴・無罪の続報が出る割合の高さだ。この点もキリスト者の性犯罪報道自体が少なく、また他の宗教についても不起訴や無罪判決が全て報じられている保証はないため、割合を語ることに難がないわけではないが、キリスト教だけが抜きん出ている。  密室性で言えばキリスト教に引けを取らない「祈祷・占い」関連のインドア事件ですら、不起訴・無罪はゼロだ。「神道」もゼロ。  仏教者が容疑者となったインドア事件では不起訴が1件ある。これは前出の東大寺の事件(2018年)で、容疑者が寺の役職を辞し僧籍を返上して、被害者との間で示談が成立した。刑事罰以外のペナルティによって解決したものであり、僧侶が無実として扱われたものではない。  つまり実質的に、インドア事件で宗教者が「無実」や「お咎めなし」として報じられているのはキリスト者だけということになる。それがインドア事件6件中4件にのぼる。  うち刑事事件で無罪判決となったのは1件。2010年1月28日に強姦容疑で逮捕された宗教法人「小牧者訓練会」(国際福音キリスト教会)の代表・卞在昌(ビュン・ジェーチャン)牧師だ。裁判では弁護人が、検察側が主張した犯行日時に卞牧師が屋外にいたとする写真を証拠として提出した。検察側は「写真の日付は改ざん可能」と主張したが、水戸地裁土浦支部はこれを退け無罪を言い渡した。検察側は控訴を断念し、一審判決が確定した。  ところが卞牧師をめぐっては、元信者の女性4人が起こした民事訴訟では、東京地裁が「無理やりキスをされたり、胸を触られたりした」とする元信者側の主張を認め、卞牧師に計1540万円の損害賠償支の払いを命じている(東京新聞2014.05.28より)。卞牧師は控訴、上告したが敗訴し一審判決が確定した。  検察の判断で争点が絞られることもある刑事裁判と、被害者自身が存分に主張しやすい民事裁判とでは、事情が異なる場合もあるだろう。刑事裁判の結論を単純に不当だと決めつけることはできない。とは言え、被告人が「無罪」となったからといって被害が存在しないとは限らないことを示す一例だ。  このほか不起訴になった3件は、以下のような内容だった。 ・読売新聞2009.02.05〈女性信者にキス 74歳神父を強制わいせつ容疑で逮捕〉  大阪府の神父が、約2カ月間で約70回にわたって教会内の台所で女性信者に「愛してます」と囁いて抱き寄せキスをした強制わいせつの容疑で逮捕。警察は神父が「キスをしたことは間違いないが、わいせつ目的ではなかった」と供述していると発表していた。しかし大阪地検は同月25日に、「強制わいせつ罪の要件である『強いて』を満たす証拠がなかった」(同年2月26日読売新聞)として不起訴処分(嫌疑不十分)に。逮捕時には、神父が〈(被害女性の)娘の小学生の女児や別の女性信者に対しても同様の行為をしていたという証言もあり、同署は余罪を追及する〉(読売新聞、)、〈近くの女性信者(86)は「住む場所のない人の世話をするなど、多くの人を助けてこられた。あの神父さんに限ってそんなことは絶対ないはず」と驚いていた〉(同)と報じられていた。 ・朝日新聞2018.09.15〈女性患者の胸を触るなどの疑い 聖路加の牧師書類送検 /東京都〉  聖路加病院で患者の心のケア等を担当する専任聖職者「チャプレン」を務めていた牧師が女性患者の胸を触るなどしたとして強制わいせつ容疑で書類送検。しかし東京地検が同年12月に不起訴処分に。産経新聞(同年12月15日)は「理由は明らかにしていない」と報じた。牧師が書類送検された際には、所属教会が声明文を発表し〈私たちも、そして弁護士もチャプレンの無実を確信〉〈一部マスコミは被害者の話を一方的に取り上げてチャプレンを凶悪な性的虐待者に仕立て上げ、未だ書類送検の段階で大きな社会的制裁を加えました〉として、メディアを強く非難していた(キリスト教新聞2018年9月19日)。 ・朝日新聞2020.02.04〈長崎の神父、書類送検 女性信者へ強制わいせつ容疑 【西部】〉  長崎の神父が女性信者の体を触るなどしたとして、強制わいせつの容疑で書類送検。時事通信は前年、カトリック長崎大司教区教が神父を聖職停止にしたものの信徒に処分を公表せず「病気療養中」とだけ説明していることを報じていた(11月22日)。長崎地検は今年4月に神父を不起訴処分に。地検は「被害者のプライバシーに配慮する」として処分理由を明かしていない(時事通信4月16日)。  これらについても、「不当な不起訴処分とされた」と決めつけるべきではない。冤罪の可能性もないとは言い切れない。  この3件を他より詳しく紹介したことには別の理由がある。被害を訴えている人がいる一方で、容疑者を擁護する信者等がおり、双方の言い分に触れると何が本当なのかわからなくなるからだ。  同時に、容疑者について「そんなことは絶対ないはず」とか「無実を確信」などと、なぜ言えるのかという疑問も湧く。人目につかないところで行われるケースが大半である性犯罪について、容疑者を24時間365日監視しているわけでもないアカの他人が根拠を持って断言することは不可能だろう。  容疑者を擁護する信者たちの声は、事実関係を主張しているのではなく、信仰や聖職者への信頼の表明にすぎないのではないか。冤罪発生を防ぐ機能にもなるかもしれないが、むしろセカンドレイプのリスクのほうが高そうだ。

キリスト教という精神的密室

 キリスト者が容疑者となった性犯罪をめぐっては、物理的な密室性だけではなく、信者や教会組織が集団で作り出す精神的(雰囲気的と言ってもいい)密接性の高さが目につく。多くの人々が「聖域」扱いするという意味での密室性だ。  民事裁判は損害賠償を命じられた前述の卞在昌牧師のケースでも、刑事裁判で無罪判決が出た際には卞牧師個人ではなく教会名義で、被害者による刑事告訴を「虚偽告訴」となじり、被害者に対する民事訴訟まで予告する声明文を発表していた。  なお今年報道された長崎の事件では、カトリック組織の隠蔽体質報道されている。『グレース・オブ・ゴッド』でも『スポットライト』でも描かれていた問題と共通する。『グレース・オブ・ゴッド』では教会組織だけではなく、被害者の親ですら、被害者による問題提起に否定的な態度を取るケースも描かれていた。  被害者が信仰と信頼を寄せいていた相手が加害者となり、信者にとって同じく信仰と信頼の対象であるはずのコミュニティが被害者ではなく加害者を守るという、地獄のような光景がそこにある。  「祈祷・占い」でもインドア性犯罪は多いが、こうした精神的密室感はキリスト教ほどには見いだせない。祈祷・占い師の容疑者を擁護する信者やシンパもいるだろうが、なにせ組織化されていないケースが多いからだろう。組織的に擁護の声明を出し冤罪や虚偽告訴を主張するという動きは見当たらない。  2つの映画作品で描き出されたキリスト教界の「地獄」と同じ傾向が、日本の新聞報道からも見いだせる。  ただし、精神的密室性は決してキリスト教の専売特許ではなく、日本においても、ある程度の濃密さが伴う宗教集団であれば珍しくない。性犯罪に限定しなければ、カルト集団が様々な批判や疑惑に対して大げさに記者会見を開いたり信者や幹部がメディアで出演したりして自己主張するばかりか、被害を証言する人々を非難あるいは中傷する光景は、これまでも繰り返されている。
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部外者にとってのキリスト教の「聖域感」
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