東欧でマスク生産に乗り出した日系企業。困難を乗り越えポーランド政府に納入

中小企業の「挑戦」は当たるのか

創美ポーランドの内部

自動車向けの部品など、精密な作業と厳しい検査をくぐり抜けてきた。そうしたプライドもマスク作りを後押ししたという

 こうして原材料の目処が立ち、続いては設備そのものへの投資が始まった。 「不織布をマスクにするための機械ですね。これも20社ほどあたったのですが、設備メーカーは中国に集中していることがわかりました。グループ内の中国企業に協力をしてもらい、9月中旬に設備が到着する予定です。製品が出るまでもう1か月ぐらいかかると思います」  投資額は売り上げの2〜3%程度に相当し、特にこのコロナ下での新規事業投資としては、大きな意味を持つという。 「社内外からも反対の声はすごく多かったです。『本業そっちのけで何をしているんだ』とか、『今さらマスクなんて売れるのか』とか『中小の鋼材プレス屋がやるべきじゃない』とか……。本業を疎かにするつもりは決してないのに、そういった反応が多かったので苦しかったです」  日本発の中小企業が数々の困難を乗り越え、ポーランド政府への納入が決まったのは、快挙と言っていいだろう。ポーランドでは秋頃からコロナショックの第2波が来るとの見通しが強く、マスクは必ず大きな助けになるはずだ。 「普通のマスクを作るのは比較的簡単なんです。ただ、うちは自動車関連の部品を納めているので、どうせなら最高品質のものを世界一安く作りたかった。月産50万枚から始めて、目標は100万枚です。実は市販のマスクはスゴく高くて、それを手ごろな価格で提供しようと。そこに参入する意味があると思います。また、誰に聞いても医療用マスクの不足はあきらかだったので、参入する価値はあるかな、と」

売り上げ半減から投資のワケ

 また、ポーランド政府だけでなく、一般企業や個人向けにもECサイトを立ち上げて販売することも検討しているという。 「すごく楽しみにしています。今回のコロナショックは、社内で何ができるか見直すいい機会になったと思います。いろんな価値観が壊れているときは、新しいことを始めるチャンスでもあります。というか、売り上げ的にも厳しい以上、なにかやらなきゃいけない。売り上げが減ったから考えられたことで、新たなビジネスを開拓するには、最適な時期です。弊社は以前、主要顧客を丸々失っており、家電事業から自動車事業への切り替えをせざるを得なかった過去があります。そういう苦しい時期があったからこそ、今回の動きができたんだと思います」  今後は単に生産をするだけでなく、他者や他業界とのコラボレーションなどを通じて、宣伝・販売で何ができるかも考えていきたいと浅野氏は話す。ポーランド政府への納入が決まったとはいえ、現在の世情ではまた話が急展開しないとも限らない。今回のマスク生産へのチャレンジは、そうした不透明な先行きを見据えたうえでの決断だったという。 「マスクの当たり外れよりも、ウィズコロナの時代に新しいことへチャレンジすることに意味があると思っています。みんなで知恵を絞って、前向きに挑戦していくことが会社の資産となる。マスクはあくまでその一例です。すでに従業員からは自転車の補助器具の製造や、ホームセンター向けの商品販売など、いろいろなアイデアを形にしていってもらってます。その全てにすごい価値があって、中小企業が今後生き残るヒントが隠されていると私は思っています」  世界各国がコロナショックに苦しむなか、日系中小企業が生み出したマスクはどれだけ助けになるのか。そして、その経験は今後どう活きていくのか。奇しくも日本がマスク問題に揺れているなか、小さな企業の大きな挑戦は注視する価値があるはずだ。 <取材・文/林 泰人>
ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン
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