差別は無効化され、ファシズムは飼いならせない。米ドラマ「プロット・アゲンスト・アメリカ」をいま観るべき理由

肯定された差別

 マジョリティが差別を争点にしないということは、逆に言えば、必ずしもマジョリティは差別主義を理由にその候補者を当選させたわけではない、とも理解できる。しかし、それは安心できることなのだろうか?  リンドバーグが当選した直後から、アメリカでは反ユダヤ主義運動が勢いを増す。ヘイトスピーチやユダヤ人墓地への嫌がらせが公然と起こっていく。リンドバーグが当選したことによって、社会のタガが外れたのだ。  もちろん公式にはいまだ差別はいけないことになっている。彼が当選したのは彼の不干渉主義が支持されたのであって、差別主義が支持されたわけではない。しかし、そうであるにも関わらず、彼の当選は差別を肯定したことになるのだ。  マジョリティの中に潜む差別主義者は、大手を振るって差別をすることができる瞬間を待っている。そのときが訪れるやいなや、彼らはモラルを投げ捨て、自分たちの時代が来たとばかりに、嬉々として猛威を振るいだす。  そして警察はマイノリティを守らない。リンドバーグへの抗議行動はリンドバーグ支持者らによって妨害され、警察は妨害を排除しないどころか、抗議行動の参加者を暴徒として逮捕する。これは、トランプ大統領がアンティファをテロ組織に指定しようとしたことを想起させるが、日本の左派系デモに対しても警察は似たようなことを行っている。

飼い慣らしの失敗

 ストーリーの中で重要な役割を果たすのが、ユダヤ人ラビのベンゲルズドーフだ。彼はリンドバーグを利用して、自らの地位を高めようと画策する。大統領選挙の際、彼は率先してリンドバーグ支持を表明する。作中でも指摘されているように、それはユダヤ人支持者の獲得には繋がらないが、マジョリティのアメリカ人にリンドバーグに投票する免罪符を与えることになり、彼の当選に決定的な役割を果たす。  ベンゲルズドーフは、リンドバーグが政治的に素人であることを利用し、自分が彼に協力して飼い慣らすことで、むしろアメリカにおけるユダヤ人の地位を高めることができると信じている。彼は”The Office of American Absorption(「アメリカ同化局」)”の長となり、ユダヤ人をマジョリティの一部にしようとする。具体的には、ユダヤ人の子女を田舎に送る”Just Folks(庶民団と字幕がついているが、私が訳すなら「普通のアメリカ人」)”政策を推進する。ちなみに同様の政策は、史実ではアメリカ先住民族に対する同化政策として行われたことがある。  このような政治的ポジショニングの帰結がどうなるかは、示唆したとしてもネタバレにはならないだろう。歴史の教訓からいって、ファシズムを飼い慣らすことなど結局できはしないのだ。狡兎死して走狗烹らる。危機の時代において都合のよい仲介者になりたがる連中に、結局ロクなやつはいない
次のページ 
どこまでならば巻き戻せるのか?
1
2
3
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会