ここで実際にベイズ推定の計算をしてみましょう。
東大・保健センターの説明をもとに筆者もチョー苦手なエクセルワークシートを作りました。筆者はエクセルがことのほか苦手なので、二個あるApple Magic Mouse2が作業中に何度も勢いよく隣の部屋に飛んでゆきました。勿論、着地地点にはフッカフカのマットが敷いてありますのでいまも無事に動作しています。でも声が枯れちゃいました。
変数は基本的に実績値を使います。本邦はジャパンオリジナル検査抑制政策によって統計の精度が低いと考えられ、5月以降の東京都を除く道府県単位の統計など余り意味がありません。後日触れると思いますが、東京の統計にもメイキング(帝国海軍用語で、統計操作)の痕跡が多数見られます。そこで、少しでも精度を上げるために日本全体での統計を用います。
ここでも引き続き
Our World in DATAを用います。Our World in DATAの原典情報は、欧州CDCによるものです。
7/18現在で、日本の感染者累計は、
24,132名です。検査数総計は、
617,049件です。単純計算では、
検査陽性率は約4%となります。検査総数には、治療過程での複数回検査が含まれることになりますが、ここでは擬陽性が全検査でどの程度出るかの試算ですので補正はしません。
なお余談ですが、引用した図から見る通り、日本における感染者数累計は、誰がみても
再度の指数関数的増加となっていますが、筆者の観察範囲内で「PCR検査をすれば患者が増える」「PCR検査で医療崩壊」とネット等で強硬に主張し続けている、あるネット啓蒙医者の目には「指数関数的増加ではない」とのことで、まさに「
ドグマ(教義)は事実をねじ曲げる」です。こんな医者にかかれば命がいくらあっても足りません。これが日本の現実です。合衆国でも大統領が頑として現実を認めずに皆さん困り果てています。2020年7/19には、FOX Newsの老練アンカー、クリス・ウォーレス氏が大統領独占インタビューの場で目に見えて困惑していました。あまりに面白いのでCNNやBBCでもそのFOX Newsによるインタビュー映像が繰り返し報じられています*。
〈*
President Trump defends response to COVID crisis in exclusive interview with Chris Wallace 2020/07/19 Fox News〉
医学的事実に関してオルタナ事実を主張されると大規模な犠牲が生じます。現実を見ましょう。
本邦におけるSARS-CoV-2検査実績から、
検査陽性率≒罹患率を4%とします。そして
総検査数を65万件とします。これで数字は揃いました。
統計の信頼性から有効数字はせいぜい2桁から3桁と考えられますが、ここでは有効数字を厳密には扱いません。理由は簡単で有効数字3桁でも現実の特異度は99.999+%なので有効数字3桁では100%になるためです。PCR検査の様な特異度が5桁代以上の検査では、ベイズ推定において有効数字3〜4桁では特異度は100%の他をとリ得ないのです*。従って、無理矢理ベイズ推定を行う以上、「筆者は有効数字の扱いができない。高校からやり直せ。」などと言わないでください。もともと有効数字4桁でもベイズ推定などする必要が無いのです。
〈*縮退プライマーを使ってわざと特異度を60%程度まで下げることもある。これはPCR法の極めて優れた利用法で、プライマーの設計や処理の調整で類似の性質を持つウィルスや細菌を一網打尽に検出するという利用法である。PCR法の特異度は、100%が基本であるが、意図的に60%程度まで下げることもできるのである。勿論、SARS-CoV-2検出のPCR法は、特異度100%として設計されており、FDA(合衆国食品医薬品局)や感染研が評価結果や標準化マニュアル等を公開している。PCR法は、過去30年、分子生物学を飛躍的に発展させた素晴らしい技術である〉
では、PCR検査有害論で流布されてきた感度70%特異度99%の場合と、文献値と日本の実績から算出した二検体検査の合成感度90-95%を92%とし、特異度を実績から低値(悪い値)をとって99.999%とします。感度については、複数回検査が行われていますので本来は100%で良いですが、完全な独立事象と仮定して悪い値92%をとります。
日本の実績値から保守的に見積もった感度、特異度を用いて行ったベイズ想定
検査総数650,000罹患率4%
感度92% 特異度99.999%
陽性的中率99.974%
実績値と文献値から導いたベイズ推定の結果は、当たり前ですが概ね妥当です。真の陽性者23,920人に対して偽陽性者6名ですが、医師の判断や、エラー検知の仕組みや手順によって誤検知を十分に排除できる範囲ですし、実際にそうされています。
偽陰性については、やはり医師の診断、諸外国では当たり前にやっている複数回検査、無症状接触者の14日間自己隔離(ファウチ博士などもホワイトハウス内での接触履歴があり、上院公聴会に揃って遠隔参加という実例が多数ある*)を行えば見逃しの可能性は殆ど無くなります。
〈*
ファウチ所長も限定的な隔離措置、「低リスク」の接触で 2020/05/10 CNN/結局ファウチ博士を含め証言者は4人が全員遠隔参加、議会側も委員長他多数が遠隔参加となった。遠隔参加の委員長の後ろで大きな愛犬がグゥグゥ寝ていたため筆者は終盤聞き取り不能となってしまった。
報道によれば、犬の名前はRufusで、話題の”犬”となった〉
なお、プロトコール上は3検体、9検査という話もあり、実際に現在は3検体が標準ですので、この場合は感度99.9%以上となり偽陰性も26人以下とほぼ生じないことになります。いずれにせよ医師の診断と接触者については少なくとも2週間の自己隔離という基本に則った運用がたいへんに重要となります。PCR検査は、デウス・エクス・マシーナ(機械仕掛けの神)ではなく、あくまで防疫・医療というシステムの中の一つの重要な道具なのです。
巷に流布されている誤ったベイズ推定より試算したもの(東大保健センターの数値を使用、罹患率は実績値)
検査総数650,000罹患率4%
感度70% 特異度99%
陽性的中率74%
次に東大保健センターの公開しているベイズ推定を含め、最もよく見かける変数で試算したベイズ推定を見ましょう。
感度70% 特異度99%です。
真の陽性者18,200人に対して偽陽性者6,240名となり陽性的中率は74%となります。極めて精度が低く、医師の診断や、誤り検知の仕組みでもどうにもなりません。
偽陰性についても7,800人となり、罹患者の30%を見逃します。もしもこれが最悪期のイタリアやニューヨーク市だったら、その陽性率の高さ、絶対数の多さから、見逃し感染者が市中で大勢死んでいたことでしょう。
勿論
そんなことは生じておらず、米欧、韓国、中国他全世界の実例からこのベイズ推定は誤りであることが自明です。
ある啓蒙医者がSNSなどで主張するベイズ推定より試算したもの
検査総数650,000罹患率4%
感度70% 特異度90%
陽性的中率23%
次に
ある啓蒙医者がSNSなどで主張するベイズ推定の変数により試算してみましょう
。感度70% 特異度90%です。
真の陽性者18,200人に対して偽陽性者62,400名となり陽性的中率は23%となります。もはや検査の体をなしていません。
偽陰性は7,800人とかわりません。
明らかにこのベイズ推定は誤りです。こんなベイズ推定の変数、感度70% 特異度90%を主張している人は、全く何も知らないし、調べても居ないたいへんに不誠実な人物であることが自明となります。
まことしやかに流布されている翼賛医療デマゴギーのひとつから試算したもの
検査総数650,000罹患率4%
感度70% 特異度60%
陽性的中率7%
最後にネットで見かける自称医者などがSNSなどで主張するベイズ推定の変数により試算してみましょう。
感度70% 特異度60%です。
真の陽性者18,200人に対して偽陽性者249,600名となり陽性的中率は7%となります。偽陰性は7,800人とかわりません。コメントする価値すらありません。
このベイズ推定は
ゴミです。
さてここで東大保健センターの公開する根本的に誤っているベイス推定を保守的な正しい値で書き換えましょう。
根本的に誤った東大保健センターのベイズ推定を保守的な値で正しくしたもの
母集団1000人,罹患率10%,感度92%(実際には適切な運用により99%をこえる),特異度100%
実のところ、巷に溢れるこの程度の2×2マスで行われているベイズ推定に有効数字4桁以上の事象を扱えるとは筆者にはとても考えられません。変数そのものの精度がせいぜい有効数字3桁程度までしか期待できないからです。そしてSARS-CoV-2にPCR検査について 99%とか99.9%といった適当な特異度を入れて平然としている人は、有効数字が頭の中からスッコ抜けています。中学数学と中学理科の教科書を読みましょう。
PCR検査の様な高精度の検査をベイズ推定で扱う場合、特異度は、中学生でも知っている数学用語「
一意に定まる」に該当し、
100%で扱うほかありません。
あるウィルス学者と感染症学者が、盛んに特異度99%を主張しますが、その人物らの発言を見ていると実際には99.95%を超える特異度があることを知っているようです。この場合、「仮に」特異度を99%とするというのは嘘です。有効数字からこの場合は100%以外を取り得ません。99.9%でも嘘です。やはり100%以外とリ得ません。これは中学生の数学・理科問題なのです。
この
オモシロ学者は、
特異度は99%でも99.9%でも99.99%でも違いは無い、この検査で擬陽性が出ること自体が問題なのだと最近主張をしているようですが、
とんでもありません。感度92%で特異度を90%,99%,99.9%,99.99%,99.999%としたときの擬陽性の数を列挙します。変数は、日本の実績値から7月末を外挿して母集団65万人、罹患率4%とします。
全感染者数26,000人
擬陽性者数
90% 62,400人
99% 6,240人
99.9% 624人
99.99% 62人
99.999% 6人
99.9999% 1人
これで「違いは無い」というのはとても医学研究者、医師の言う言葉ではありません。またこの方々は、存在するか分からない「ゼロリスク論者」を自分で創り出し、激しく批判することをしばしば論拠と芸風にしていますが、なぜか
PCR検査には「ゼロリスク」を求めています。まさに「ミイラ取りがミイラになる」のでは無く「
藁人形論者が藁人形になった」わけで、筆者は腹を抱えて笑いました。
鏡を見ましょう。
ここまで、本邦だけで流布されているベイズ推定を誤用したエセ医療・エセ科学デマゴギーについてその誤りを一つ一つ解明してきました。嘘は一秒で飛び出しますが、その否定はたいへんな時間とコストがかかります。このベイズ推定を誤用したエセ医療・エセ科学デマゴギーには、情けないことに一部の生物学者や物理学者、数学者までチョロく欺されたようですが、ようするに
本来は99.999+%という桁数の特異度を99%と有効数字を無視して乱暴に丸めたことにより、全く異なる現象にしてしまうペテンなのです。
目を覚ましましょう。
これは、過去20年間をこえて、とくに数学者、物理学者が激しく批判してきた
円周率=3問題*と本質的には変わりません。
〈*問題化自体は誤解によるものという指摘がある〉
小数の概念がない小学校低学年には円周率は3で教えても仕方ありませんが、こともあろうに
医学研究者や医師、科学者が、声を揃えて「円周率は3だ」と主張し、「3.14も3も変わらない」と強弁していると喩えることができるのがこの根本的に誤ったベイズ推定による「ジャパンオリジナルPCR検査抑制エセ医療・エセ科学デマゴギー」の核心と言えます。
さて本連載は、全く医学は専門外の野良学者が、「
ジャパンオリジナルPCR検査抑制エセ医療・エセ科学デマゴギー」の氾濫を深く憂慮して記述してきました。従って医学用語の使い方には不安があります。しかし3桁も4桁も5桁も誤ったベイズ推定についてその誤りを指摘するには問題ないと思います。
次回は、PCR検査の基本から、なぜ高々有効数字3〜4桁程度では特異度を一意に定まる=100%として扱えるのかを簡単に説明し、「ジャパンオリジナルPCR検査抑制エセ医療・エセ科学デマゴギー」に含まれる様々な誤り、嘘について述べます。また、検査数62万件で遂に発生した1件の擬陽性についても簡単に解説できればと考えています。
本件は、間違いなく後世、世界の感染症学者の教科書に悪事例として採用される、エセ医療・エセ科学によって汚染されたが故の大不祥事なのです。
◆コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」新型コロナ感染症シリーズ17
<文/牧田寛>