コロナ後を拓く思想。宇沢弘文と中村哲から継承すべきもの<佐々木実氏>

宇沢弘文氏

2011年、「TPPを考える国民会議」設立について代表世話人として記者会見する在りし日の宇沢弘文氏(当時は東京大学名誉教授) 写真/時事通信社

宇沢弘文と中村哲が共有するもの

―― 新型コロナウイルスの感染拡大によって、医療現場で働く人々や、荷物を届けてくれる配達員などがいかに大切な存在であるかが改めて実感できました。彼らの仕事は、佐々木さんが著書『資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界』(講談社)で論じている、宇沢弘文の唱えた「社会的共通資本」と重なる部分があると思います。 佐々木実氏(以下、佐々木):少し話がそれるようですが、宇沢弘文(1928―2014)の評伝『資本主義と闘った男』が第6回城山三郎賞を受賞したことに不思議な縁を感じました。というのは、第1回受賞者が中村哲氏だったからです。受賞作『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』(NHK出版)は、医師である中村氏がアフガニスタンでの30年の復興支援活動を振り返った自伝です。医療活動でアフガニスタンを支援していた中村氏が、なぜ医療活動を中断し、井戸を掘ったり農業用の用水路を拓くようになったのか。その歩みが綴られています。 ―― 医師の中村哲と経済学者の宇沢弘文にどういう「縁」があったのですか。 佐々木:『天、共に在り』を最初に読んだとき、驚きを覚えました。宇沢が唱えた「社会的共通資本(Social Common Capital)」とあまりに通じ合うものがあったからです。中村さんがジャララバードで何者かに襲撃されて亡くなったとの報を聞いたあと、以前にNHKで放映された中村氏のドキュメンタリー番組「武器ではなく、命の水を」を見直し、やはり「社会的共通資本」の思想そのものではないかと感じた。  番組の中で中村医師が説明していました。食糧生産があがらないから、栄養失調になる。水が汚いから、下痢なんかで簡単に子供が死んでいく。いまは100人の医師を連れてくるより、農業用水路を一本つくるほうが価値が高いと考え、白衣を脱ぐ決意をし、用水路の建設を始めたと。私なりに言い換えると、アフガニスタンでまさに社会的共通資本を再構築していたということです。活動地域は米軍による報復攻撃にも遭いますが、根本問題は旱魃被害でした。再び人々が暮らせるようになるには、医療よりも農業という社会的共通資本の再建が重要だと判断し、中村さんは医師から建築作業者へと変身したわけです。

人間的に魅力ある社会を可能にする「社会的共通資本」

―― そもそも「社会的共通資本」とはどのような考えなのでしょうか。 佐々木:〈社会的共通資本は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する〉(『社会的共通資本』岩波新書)  こう定義したうえで、宇沢は社会的共通資本の3つの要素を挙げています。自然環境(大気、森林、河川、土壌など)、社会的インフラストラクチャー(道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなど)、制度資本(医療、教育、司法、金融など)です。ちなみに、農業(農村)はいずれの要素にも関わる社会的共通資本といえます。  日本のような「豊かな先進国」では市場制度が整備されているうえ、経済の規模が大きくその構造も複雑で、市場経済の土台を形成している社会的共通資本の役割の大きさを認識し、実感することが難しい。市場原理主義者は、市場の原理だけでは説明がつかない社会的共通資本の存在を軽視あるいは無視し、あたかも自由な市場競争さえあれば効率的な社会が実現するかのように語ります。ところが、充分な社会的共通資本が供給されていなければ、人間が生活する社会は不安定化し、社会そのものが存続の危機にさらされることすらある。  中村氏が支援していたアフガニスタン東部は、本来は豊かな農業社会だったのに、旱魃で人が住めなくなるほど荒廃し、米軍による攻撃が追い打ちをかけ、社会的共通資本が壊滅状態に陥った。こうした状況下で農業用水路の建設を続けていた中村氏が、NHKの番組で印象深い言葉を語っていました。「これは平和運動ではない。医療の延長なんです。医療の延長ということは、どれだけの人が助かるかということなんです――「社会的共通資本」の重要性は、日本のような先進国よりむしろ、復興支援を必要とするアフガニスタンのような国において認識しやすいということですね。 佐々木:その通りだと思います。ただし、「先進国」であっても、社会的共通資本の重要性をはっきり認識できる局面があります。「危機」に見舞われたとき、我々は社会的共通資本が死活的に重要であることを認識せざるをえなくなる。新型コロナウィルスが招いた、今の危機がまさにそうです。  たとえば、フランスの経済学者ジャック・アタリ氏は日経新聞(4月9日付)のインタビューにこう答えています。「危機が示したのは、命を守る分野の経済価値の高さだ。健康、食品、衛星、デジタル、物流、クリーンエネルギー、教育、文化、研究などが該当する。これらを合計すると国内総生産(GDP)の5〜6割を占めるが、危機を機に割合を高めるべきだ」「経済の非常事態は長く続く。これらの分野を犠牲にした企業の救済策を作るべきではない。そして、企業はこれらと関係のある事業を探していかなければならない」
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「国家権力の肥大化」とどう対峙すべきか?
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月刊日本2020年7月号

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【特集2】安倍vs検察 国民不在の権力闘争

【糾弾1】電通と結託する安倍政権

【糾弾2】政商・竹中平蔵大批判


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