女性議員の割合は戦後累計で5%。ジェンダーギャップ指数121位の惨状

戦後に誕生した衆議院議員のうち女性はわずか4%

 総務省の衆議院議員総選挙・最高裁判所裁判官国民審査結果調によると、1946年の戦後初の衆議院議員総選挙から現在までに27回の衆議院議員総選挙が行われ、1万3078人が当選し、そのうち女性は525人。女性比率はわずか4%だった。  参議院選挙でも総務省の参議院議員通常選挙結果調によると、1947年の第一回参議院議員選挙から現在までに25回の参議院議員選挙が行われ、3256人が当選し、そのうち女性は343人。女性比率はわずか5.3%だった。  特に衆議院議員総選挙では、1949年の第24回から1993年の第40回までの44年間で、当選者に対する女性比率が1%と2%の間を行き来する時代があった。戦後初の第22回衆議院議員総選挙での当選者に対する女性比率8.4%を更新したのは、59年後の2005年の第44回衆議院議員総選挙の時だった。  通算のデータでみると、日本の政治の舞台で女性がマイノリティーなことが一目瞭然で分かり、男性主導で戦後の日本社会が形成されたことで、社会の様々な場にジェンダーギャップが生じている。  現在では、衆議院に46人(定数465人)の女性議員が所属しており、女性比率は9.9%。参議院には56人(定数245人)の女性議員が所属しており、女性比率は14.4%と、30~40年前に比べれば増加しているものの、Inter-Parliamentary Unionの公表データによると、世界の女性議員の平均比率は、下院又は一院が23.8%、上院が23.9%であるため、国際社会と比べれば低水準だと分かる。

女性候補者自体が少ない

 国会での女性議員を増やすためには、必然的に女性候補者を増やさなければならない。ここ20年間での候補者における女性比率は、参議院選挙では20%台前半を推移し、衆議院議員総選挙では10%台後半を推移している。  筆者が独自に調査したところ、小選挙区制が導入された1994年以降の衆議院小選挙区において、衆議院総選挙だけでも8回行われているにも関わらず、一度も女性の候補者が誕生していない区が18選挙区あった。  18選挙区の内訳は、群馬3区、東京7区、東京18区、新潟3区、富山2区、富山3区、福井2区、静岡6区、愛知13区、滋賀4区、兵庫4区、兵庫12区、長崎3区、長崎4区、宮崎3区、鹿児島4区、沖縄2区、沖縄4区。  特に、渋谷区や品川区といった日本で1番多様性やジェンダー平等などの政策が進んでいる自治体を選挙区に持つ東京7区で、女性の当選者どころか候補者すら出馬したことがないことに、筆者は驚きを感じた。  さらに、衆議院小選挙区で女性が当選したことのある区は58選挙区(289選挙区中)しか存在しなかった。また参議院選挙では全国区制が廃止され、拘束名簿式比例代表制を導入した1983年以降の37年間で女性の当選者が存在しない選挙区は岩手県、群馬県、富山県、石川県、福井県、長野県、奈良県、和歌山県、鳥取県、山口県、佐賀県、宮崎県、鹿児島県の13県あった。  余談になるが、衆議院議員選挙の小選挙区と参議院議員選挙の選挙区での女性当選者と、女性知事、女性の市区町村長が一人も誕生したことのない都道府県は岩手県、富山県、石川県、鳥取県、佐賀県、宮崎県、鹿児島県の7つも存在した。  「女性議員を増やす必要はない」と言う人もいるが、政治分野で女性議員が増えることの意義については、2015年12月25日に閣議決定された第4次男女共同参画基本計画の中で、”政治分野における女性の参画拡大は、政治に多様な民意を反映させる観点から極めて重要である。”と施策の基本的方向性として規定されているように、疑いようのないものである。
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日本版パリテ法、自民党と公明党が守らない現状
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