IBMの顔認識事業撤退宣言に見る、「ポストコロナ」社会に広がるディストピアへの危機

中国の天網

 アメリカの大手が顔認識技術から一旦距離を置く姿勢を示した。しかし、最大の顔認識技術使用国である中国は、その手を緩めることはないだろう。中国には、天網という監視システムがある。その名前から、映画『ターミネーター』に登場するコンピュータ『スカイネット』と同じ英語に訳されたりする。  天網は、2000年代から、まず地方都市で試験的に導入され始めた。2015年には農村部を除く中国全土の全都市を100%カバー、2017年時点で1億7000万台の監視カメラとネットワークを構築している。そして今年の2020年には、中国全土を100%カバーすると言われている。中国の公安部では、このシステムを使って、13億人の中国国民を数秒以内で特定することを目標としている(参照:IoT Today)。  監視網で実現できるのは、個人の特定だけではない。さらに先を目指している。「天網」(ネットワーク化)、「天算」(画像高速処理能力)、「天智」(人工知能の応用)によって、多くのことが可能になる。暴力行為の検知、暴動の前兆の検知、禁止区域への侵入の検知、さらには携帯物体識別で、武器を所持しているかの検知も可能だ(参照:ASCII.jp)。  技術的には、国民が不法行為の前兆を示した時点で、スマホに警告を送ることができる。ドローン技術と組み合わせて行動不能にすることもできるだろう。特定の条件を持つ人を、一斉逮捕することも無理ではない。国民を常時監視下に置くことで、全国民の統制が実現するというわけだ。

顔認識による監視社会などの問題

 人が誰に会い、どういった行動を取るかという情報は、その人の思想を大きく反映している。そこから犯罪をおこなう確率を計算して、事前に取り締まることも理論的には可能だろう。多くのSF作品で描かれてきた未来だ。逮捕せずとも、要監視対象として追跡することは十分考えられる。  こうした自動計算は、生まれたコミュニティや地域や人種、そうした様々な属性によって人生を制限する差別に、容易に繋がる。  また人々は、監視網に目を付けられないように、自身の振る舞いを注意して行動し続けなければならなくなる。  たとえば、朝起きて1時間以内にコーヒーを飲む人は犯罪率が高いというデータが出たとする。その場合、朝起きてすぐのコーヒーを控えるのが最適な行動となる。異性に会うと笑顔になる人が犯罪率が高いと分かれば、しかめっ面をするのが正解ということになる。  少し前に『黒人青年が母から言われた「16のやってはいけないこと」』というものが話題になった(参照:ハフポスト)。社会的に差別された人は、警察に疑われないために、様々な行動の制約を自身に課して行動する。そこから外れた行動を取ると、逮捕されたり殺されたりする可能性がある。監視社会では、誰もがこうした状態に置かれることになりかねない。  「した方がよい」と「しなければならない」の間の距離はどれぐらいあるのだろうか。監視の目を恐れ、自由や命を守るために行動を制限する。監視社会による犯罪率の低下は歓迎すべき出来事だが、そうした社会では常時緊張を強いられる。そして、脱落者を何の疑いもなく差別する社会を招く危険をはらんでいる
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アフターコロナで進む、人間トラッキングの問題
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