緊急事態宣言の解除後も終わらないコロナ危機。「例外状態の常態化」で進む新自由主義的再編とファシズムの台頭に抗うには?

補完される都市空間の新自由主義化

 こうした新しい例外状態の分断線は、社会を資本のもとに再編成しようとする新自由主義な欲望がもたらす空間の分割線とほぼ一致する。グローバル資本主義の進展は、都市空間をそれに従属させるよう再編してきた。たとえば誰のものでもない公園のネーミングライツを獲得し、野宿者を排除する。その野宿者は現在、新型コロナのために支援事業さえ受けられることもままならない。  資本主義の空間的性格を重視する政治経済学者デヴィッド・ハーヴェイによれば、権力が行う文化政策は市場主義を前進させるためのものである。ハーヴェイは、新自由主義時代の都市の性格として、(美学的な)道徳主義と市場主義の円環的な補完性をあげている。この文脈で政府が提唱する「新しい生活様式」について分析を加えるならば、それは我々に新しい道徳的・美学的なライフスタイルを押し付けつつ、その規範を実践させるような消費活動に対して我々を駆り立てるものだといえるだろう。人々は、孤立を促進させるような商品を購入し続けることで生活様式を変化させ、連帯の可能性は少しずつ奪われていく。  一方で、そうした文化に適応できない事業者は、ほとんど補償されることもなく、市場から退場を迫られる。次々と閉店していく個人商店に替わって、新たに開店し、政府が配布するクーポンの恩恵を受けるのは、おそらく大企業傘下のチェーン店だろう。  都市の再編は進む。歓楽街や劇場、遊戯施設、都市の猥雑さを象徴するものは、いまや集団感染を引き起こす危険な場所として隔離・閉鎖されるのだ。感染経路を特定することを口実に、個人情報は国家によって管理されていく。「生活世界の植民地化」(ハバーマス)が完徹されていくだろう。  資本と国家は、コロナを通してより緊密に結びつく。「自粛」に伴う経済支援でさえ、その事業は政商に売り渡されている。そして、政府や東京都がコロナ対策を犠牲にしてまで、3月までは「完全な形」で、現在は規模を縮小してでも開催したがっているのは、まさにグローバル資本主義の象徴であるオリンピックなのだ。  ジジェクはコロナをグローバル資本主義の危機と述べた。しかし少なくともこの日本では、コロナ危機はむしろ都市の新自由主義化を補完し、加速させる契機となっているかもしれない。そしてそれは新しいファシズムへの道でもある。  すなわち人々は「自粛」や「新しい生活様式」を積極的に内面化し、集団的なアイデンティティを構築する。ここで重要なのが国民的祭祀としての医療従事者への感謝である(「相次ぐ医療従事者への「英雄化」と「いじめ」。両者に共通する近代国民国家がもつ宿痾)参照)。空飛ぶブルー・インパルスに人々は感動し、医療従事者に感謝し、そのような機会を与えてくれた自衛隊に感謝し、ひいては政府に感謝する。強制力がなくても、人々は自発的に権威に従うようになる。ヴァルター・ベンヤミンが「政治の美学化」と呼んだファシズムの兆候がここにある。

抵抗の可能性

 ベンヤミンが、「政治の美学化」に対抗して打ち出したのは「芸術の政治化」だ。だが、その内容については、ベンヤミン自身ほとんど何も語っていないため、それが一体どのような概念なのかは謎に包まれている。  もしこの概念を、人々を美的陶酔のうちに投げ込むような極度に発展したテクノロジーを、自律的な人々の動きを再活性するために逆利用することだと考えるなら、すなわち、技術によって政治的なものを再び顕在化させることだと考えるなら、それに近いものは検察庁法改正案に対する反対運動だろう。  5月、政府与党が、国家公務員法の改正案と抱き合わせで、黒川弘務検事長の恣意的な定年延長を追認するような法改正案を提示したとき、Twitterを中心にネット上で反対運動が盛り上がった。反対を表明した者の中には、「非政治的」だとみなされていた芸能人・文化人の姿もあった。在宅ワークが広がったせいか、国会の中継を見る人の数も増え、政府は、法案を強行に採決することを断念せざるをえなかった。  ネットを媒介した政治運動は、日本では成功体験が少ない。この運動に対する評価は様々だが、Twitterというテクノロジーを介して人々が自律的に結びついた結果、ある政治的な目標を達成できたという成果はあっただろう。  ネットの運動も重要だが、都市空間が新自由主義的に再編成されていく状況のもとでは、路上へと飛び出していく運動の価値もより高まっている。2011年に発生した世界的な反資本主義ムーブメントが、「オキュパイ」運動として、公園や広場を占拠するスクワットへと至ったのは必然的なものだった。例外状態の常態化によって新自由主義的に分断された都市の空間は、本来、人々が邂逅する、可能性の場所だったのだ。  外出自粛要請が出される中で行われるデモは、その目的や内容とは別に、それ自体が闘争的な行動となるが、そのような動きはいくつも現実化している。東京の例でいえば、たとえば4月7日に緊急事態宣言が出されて以降、東京の路上で定期的に行われているアクション「補償しろ!デモ」や、検察庁改正法案が採決されるかどうかの瀬戸際で、国会前で行われた反対運動、渋谷警察によるクルド人男性への不当な暴力行為に対して抗議するデモなどだ。  終わりなき「例外状態」は人間の生を「剥き出しの生」(アガンベン)に切り詰め、分断し、その間隙に国家権力とグローバル資本主義が入り込んでいく。この動きは避けられないようにもみえるが、一方で、流れに抵抗する動きもある。緊急事態宣言解除後も、この空間の秩序をめぐる抗争は続いていくだろう。 <文/北守(藤崎剛人)>
ふじさきまさと●非常勤講師&ブロガー。ドイツ思想史/公法学。ブログ:過ぎ去ろうとしない過去 note:hokusyu Twitter ID:@hokusyu82
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