「
会社は、労働者がコロナウイルスに感染した後なのに、生産を加速したのです」
テキサス州ダラスの食肉加工場の労働者を代表するカルロス・クィンタニラ氏は、4月末に工場前で
メディアに対して訴えた 。
彼らが働くのは、米国内だけでなく海外にも製品輸出するクオリティ・ソーセージ社の西ダラス工場だ。この工場ではすでに多くの感染者が出ており、30代の労働者2名が亡くなった。彼らの死後、クオリティ・ソーセージ社は工場を閉鎖したのだが、コロナウイルスの感染拡大が理由であるかは明らかにしていない。労働者側は、会社は工場でのウイルス蔓延を把握していたはずであり、それでもただちに操業を止めず、感染の事実を公表してこなかったことに批判を強めている。一方、会社側は工場閉鎖中に、労働者への検査と体温チェック、日々の清掃や手指消毒、フェイスマスク支給など、複数の安全対策を講じるとしている。また、閉鎖中であってもすべての労働者に給与を支払う方針であると説明している。
しかし、クィンタニラ氏を含む労働者側は、会社側の発表を素直に信用できないと主張する。
「会社は、労働者の安全よりも生産と利益を優先しています。体調を崩して仕事に来なかった労働者とその家族に対し、会社は何度も何度も、出勤するよう圧力をかけてきました。挙句の果てに、『1000ドルのボーナスを出すから出勤するように』とまで言ったのです。その時、すでに工場でのウイルス感染は明らかになっていました。なぜ会社はすぐに工場を閉鎖しなかったのか」
クィンタニラ氏の横には、ウイルス感染によって亡くなった30代の2人の労働者の家族も同席していた。その一人、4月25日に亡くなったヒューゴ・ドミンゴスさんのパートナー、ブランカ・パラ・ゴンザレスさんは、「彼が体調不良だったにも関わらず、会社は工場に出てくるよう求めてきました。会社は、彼が生命の危機にさらされていたことを知っていましたが、そんなことはどうでもよかったのです」と涙ながらに語った。
こうしたケースは全米各地で起こっている。4月に入ってから食肉企業はようやく工場閉鎖を判断していくが、工場での感染拡大が確認された段階で、すぐに工場が閉鎖されていれば、あるいはせめて労働者の安全管理が徹底されていれば救われた命もあるはずだ。
食肉処理工場の閉鎖がドミノ現象のように続く中、事態は一転する。4月28日、トランプ大統領は、コロナウイルスの感染拡大によって生産を中止している食肉加工企業に対し、操業を命じる大統領令に署名したのだ。
米国には重要物資の増産を民間企業に指示できる「国防生産法」という法律があり、これを使用した形だ。トランプ大統領は、食肉の流通は「重要なインフラ」と強調し、「加工会社の不要な操業停止は、短期間で食料供給網に大きな影響を及ぼす」として再開を命じた。企業側は、操業開始後に再び従業員が感染すれば経営責任を問われる恐れがあるため、早期の操業再開に慎重姿勢を見せていたが、この大統領令によって押し切られる形となる。
大統領の判断の背景には、食肉供給の低下への危機感がある。4月以降に工場閉鎖が次々となされた結果、全米の豚肉加工量が25%、牛肉加工量は12%減少したという試算もあり、世界最大の食肉産業を有する米国にとって打撃は大きい。食肉はスーパーマーケットでも品薄になると同時に、価格も高騰し始めている。一方、生産者は工場に搬入できない牛や豚であふれかえっている状態だ。食肉のサプライチェーンは崩壊寸前なのである。
また、米国内の食の供給を維持するという意味以上に、食肉製品の輸出の減少を避けたいという思惑がトランプ大統領にはあるのだろう。牛や豚、鶏の生産量自体は減っておらず、今回ボトルネックとなっているのは、加工処理工場だ。ここさえ動かしておけば食肉製品の量は減らないという算段だろう。
もちろん、食肉処理工場の仕事に国防生産法が適用されることで、今後感染した労働者は補償を受けられる法的地位を得られる。何の保護もされないまま感染リスクにさらされるよりは前進した面もあるが、しかし感染がさらに広がる中、補償がなされるからといって労働者の生命を危険にさらしてもよいものなのか。
実際、大統領が工場再開を命じた後、いくつかの工場では感染がさらに拡大したという報道もあり、食肉処理工場の労働者たちは決して安心して働く状態にはない。労働組合や食の問題に取り組む市民団体は「トランプは労働者を犠牲にして食肉生産を続けようとしている」と批判を強める。低賃金でも働かざるを得ない労働者たちは、労働組合を通じて工場の一時的な閉鎖を求め、仮に操業する場合には個人防護具の配布や、体調が悪化した場合の即座の検査など最低限の措置を求めている。また、内部告発の法的強化と医療体制の充実も繰り返し要求している。