金日成総合大学の教授との対話「君の国はカネがあるのに、なぜ難民を助けない?」<アレックの朝鮮回顧録11>

雪が降り積もる、冬の金日成総合大学と筆者

 2019年7月4日、北朝鮮の金日成総合大学に通うオーストラリア人留学生アレック・シグリー氏が国外追放された。  朝鮮中央通信はシグリー氏が「反朝鮮謀略宣伝行為」を働いたとして6月25日にスパイ容疑で拘束、人道措置として釈放したと発表。北朝鮮の数少ない外国人留学生として、日々新たな情報発信をしていた彼を襲った急転直下の事態に、北朝鮮ウォッチャーの中では驚きが走った。  当連載では、シグリー氏が北朝鮮との出会いの経緯から、逮捕・追放という形で幕を下ろした約1年間の留学生生活を回顧する。その数奇なエピソードは、北朝鮮理解の一助となるか――?  今回は、以前の記事に引き続き、金日成総合大学の教授とのコミュニケーションについて述べていきたいと思う。  金日成総合大学の修士課程で私が学んでいた文学理論とは、もちろん「主体文学理論」だ。  そこにおける、文学の定義とは次の通り。プラトン、アリストテレスなど古の哲学者たちはそれぞれの定義を唱えたが、最も古典的で正確な定義は金正日同志が考案した。  その“権威ある”定義によると、文学とは「言語を通じて人間と生活を形象的に反映する芸術」だ。そのおかげで数千年間、熱心に議論されてきた問題についてはそれ以上論じる必要がない。  そして、現代文学に莫大な影響を与えたフランクフルト学派や、マルクス主義文学評論を先導するテリー・イーグルトンなどについては言及されたなかった。  朝鮮の文学理論は外部世界で流行っているもののように抽象的ではなく、むしろ実用的な側面がある。私が学んだ主体文学理論の大部分は構成論、筋書き、感情組織など作品の創作と密接に関連した概念が中心だった。  「良い筋書きは起承転結を生かさなければならない」、「文学作品は読者の感情を刺激しなければならない」、「人物は立体性を帯びていなければならない」などのありふれた命題に満ちていた。しかし先生たちと討論しているうち、驚くこともあった。

フィリップ・K・ディックの「高い城の男」に興味を持つ教授

 とある授業で、「筋書き」について学んでいたときである。 先生:筋書きの概念は我が朝鮮文学だけでなく外国文学でも適用されるだろう? それでは最近、興味深かった作品を一つ要約してみよう。アレック同務、該当作品の筋書きを分析してみよう。  私はしばし考えて、こう答えた。 私:私が好きなSF作家のフィリップ・K・ディックが書いた「高い城の男」は、随分昔に読みましたが印象深かったです。 先生:そうか? どの国の作家だ? 私:アメリカ出身です。しかし、世界的に有名です。 先生:ああ、そうか?(彼の関心が高まった様子だった) SFと言ったが、小説では未来に開発される最先端技術を描くのか? 私:違います。この作者の他の作品はそうですが、私の言った作品はほぼ歴史小説です。いわば、歴史の違う世界を描いた作品です。 先生:どんなふうに歴史が違っているんだ? アメリカが背景か? 私:そうです。第二次世界大戦でアメリカ、ソ連などの同盟国ではなく、枢軸国である日本とドイツが勝利した世界を描いています。それで冷戦が米ソ間ではなく世界を半分ずつ占領した日本とドイツの間で起こるのです。 先生:(興味津々で)それでは、アメリカは世界でどうなるんだ? 私:アメリカは日本とドイツに侵略され、カルフォルニアを含むアメリカの西部は日本帝国の大東亜共栄圏の一部となり、東部はナチスドイツの傀儡政権となります。 先生:待て……アメリカが我が朝鮮のような分断国家となるのか? この作品は、アメリカ出身の作家が書いているのか?  笑みを浮かべる先生の顔を見ると、大きな衝撃を受けていることは明らかだった。もちろん、彼は自身が何を考えているのか言わなかった。しかし、私は彼が何を考えているか想像することができた。  一つは、アメリカ人がこの作品を読むことで朝鮮人の悲惨な状況、つまり分断を想像できる。もう一方は、朝鮮の作家たちは虚構の世界においても敵が勝利した世界を描くことができないことについてだ。そんな作品は反革命的だからだ。文学作品においてまで政治思想を重視するのは、我々のイマジネーションの負担になり、制限をかけるのではないだろうか?
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文化水準によるカルチャーギャップと、西欧社会への的確な指摘
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