安倍首相の緊急事態宣言の延期判断への疑惑。危機において国民に苦難を強いるなら意思決定プロセスを詳らかに公開せよ

政治判断としての宣言延長

 実際には、30日の各紙朝刊で「緊急事態宣言の延長へ」と報道されていました。毎日新聞は「政府は29日、新型コロナウイルス感染拡大の収束が見通せないため、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく「緊急事態宣言」の期間を延長する検討に入った」と報じています。国会では、こうした報道を踏まえて質問を受けたにもかかわらず、延長の方向すら答弁しなかったわけです。  前日の首相動静を見ると、関係する政府首脳が29日夕方に官邸の執務室に参集しています。国会審議の終了直後の午後5時34分「菅義偉官房長官、西村康稔経済再生担当相、西村明宏、岡田、杉田和博各官房副長官、北村滋国家安全保障局長、和泉洋人、今井尚哉両首相補佐官、樽見英樹新型コロナウイルス感染症対策推進室長、森健良外務審議官、藤原誠文部科学事務次官、鈴木康裕厚生労働省医務技監」が入り、すぐに「加藤勝信厚労相が加わ」りました。6時24分までに全員がいったん出た後、25分から43分まで「横倉義武日本医師会会長、門田守人日本医学会会長ら」が入ります。ただ、横倉、門田の両氏は専門家会議と諮問委員会のどちらのメンバーでもありません。首相はその後、北村局長と会った後、帰宅しています。  よって、29日夕方の首相と政府首脳たちの会合で、実質的な宣言延長が決まったと考えられます。その場に、尾身氏らの専門家はいません。鈴木医務技監は医師免許を持つとはいえ、政治家と官僚のみの会合です。おそらく、会合に出席した誰かが「宣言延長の検討に入った」と、記者たちに伝えたわけです。  その検討の場として考えられるのは新型コロナウイルス感染症対策本部会議です。首相が出席する本部会議は、週に1~2回のペースで開催されています。  しかし、首相の本部会議の出席は、極めて短い時間に限られ、実質的な検討がなされたとは考えられません。延長決定直前の本部会議における首相の出席時間を見ると、22日14分、24日19分、27日11分でした。首相官邸ホームページの「首相の一日」を見ると、首相は出席するたびに挨拶をしていますので、出席時間はほぼそれで費やされてしまいそうです。すると、そこで実質的な検討がなされたとは考えられません。  専門家会議で実質的に検討された可能性も検証してみましたが、その線も極めて薄そうです。5月1日の専門家会議の直前の会議は22日でした。ところが、その日の「提言案」には宣言延長の検討や示唆は含まれていません。「専門家会議としては、引き続き、緊急事態宣言下における現行の行動変容に対する評価を進めていくとともに、今後、5月6日の緊急事態宣言の期限に向け、現状や対策についての分析を進める」と、結論づけているだけです。  やはり、首相執務室で宣言延長を決めたメンバーが、宣言延長の実質的な検討を行ったと考えるのが妥当です。実は、このメンバーは首相を含めてほぼ毎日、会合をしています。一方、首相が尾身氏ら専門家と面会し、意見を聴く機会はほとんどありません。インターネットなどでテレビ会議をしていれば、その旨が首相動静に示されますので、そうしたこともないようです。本部会議で会っているのかも知れませんが、首相の出席時間は極めて限られているので、意見交換は困難です。  以上から導き出される推論は、首相ら政府首脳が宣言の延長を政治的に判断したということです。尾身氏ら専門家の意見も官僚等を通じて踏まえていると考えられますが、国会答弁などで首相が繰り返し述べた状況とは異なると考えられます。少なくとも、専門家の判断を重視したとまでは考えられません。なぜならば、国民生活や経済に重大な影響を与える宣言の延長という判断について、首相が専門家の意見を重視するならば、直接にコミュニケーションをして、様々なことを尋ねるのが当然と考えられるからです。実際、菅直人首相は、福島原発事故で重大な判断をする際、班目春樹・原子力安全委員会委員長などの専門家から直接に意見を聴いています。  そして、実質的な検討・決定をした首相執務室での会合は、今のところブラックボックス状態です。首相官邸のホームページにも、メディアでの報道でも、その記録や状況は示されていません。まさか、一切の記録も資料も存在しないとは思われませんが、それらを後から改ざんしても分かりません。  危機において人々に苦難を強いるからこそ、その意思決定プロセスを透明化し、政府への信頼を高めることが重要です。今のままでは、この重大な危機に際して、人々の疑心暗鬼を増幅するばかりです。  今からでも遅くはありません。首相執務室での会合について、記録と資料を公開し、政府ができる限りの合理的な判断をしていることを満天下に示すべきです。たとえ専門的な見地から適切な判断を下したとしても、政治的な思惑が混じっていると思われ、判断への信頼が揺らげば、危機において支障となるばかりです。 <文/田中信一郎>
たなかしんいちろう●千葉商科大学准教授、博士(政治学)。著書に著書に『政権交代が必要なのは、総理が嫌いだからじゃない―私たちが人口減少、経済成熟、気候変動に対応するために』(現代書館)、『国会質問制度の研究~質問主意書1890-2007』(日本出版ネットワーク)。また、『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』(扶桑社)では法政大の上西充子教授とともに解説を寄せている。国会・行政に関する解説をわかりやすい言葉でツイートしている。Twitter ID/@TanakaShinsyu
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