210万人を動員した「民衆蜂起の象徴」リオのカーニバルは、2021年に開催できるか?

“カーニバル嫌い”で知られる現リオ市長・クリベーラ氏

最終パレード

最終パレードの後に会場になだれ込んでパレードする、情熱あふれる人々の姿

 優勝・準優勝ともに「リオ市外」のエスコーラだった今年のカーニバル。これは偶然のできごとではなかったと言える。なぜなら、現リオ市長:マルセロ・クリベーラ氏が2017年1月に就任して以来、リオ市公式のカーニバル関連の大規模イベントは軒並み削減され、さらにリオ市から各エスコーラへの多額の助成金は半分以下に大削減されているからだ。 「社会福祉や他の事業に市の予算をあてている」と、市長はごもっともな理由を掲げていた。しかし、改善を感じることのないリオ市民からは軒並み不評だ。日本のメディアではよく「ブラジルが不景気で予算カット」とだけ書かれるが、実は現在の市長がカーニバルの予算を他に回しているという状況なのだ。今年で任期満了となる現市長の後は果たしてどうなるか注目したい(コロナウイルスの影響で2021年のカーニバルが通常通り開催されるかは不明だ)。  また、クリベーラ市長は「民衆が自由や解放を訴え、告発と団結を行うカーニバル」を嫌っているとされている。同氏はリオデジャネイロ出身のキリスト教福音派プロテスタントの元司教としても有名だ。  1977年にリオで設立され、ブラジル全国〜今や世界各国〜日本各地にも展開するキリスト教プロテスタント福音派系の新興宗教団体「ユニバーサルキリスト協会/ユニバーサルチャーチ」創始者である有名な億万長者:エディール・マセード氏の甥にあたるクリベーラ市長は、同教会との関係性が深いことも広く知られている。  日本にも存在する同教会は献金・寄付金システムによる多額の収入で知られ、カルトのような活動や、マネーロンダリングを含む汚職などで何度も告発され、国際的な批判を受けてもいる。世界最大のローマ・カトリック教徒数を擁するブラジルだが、21世紀に入るとプロテスタント系新興宗教団体への改宗、急速な信者数増加も話題となってきた。  このように「サンバのルーツ」であるアフリカ系伝統宗教の数々、それらとカトリックとの混交宗教、伝統的ローマ・カトリックほか、カーニバルのパレード・テーマ、音楽的、装飾的な内容はブラジルという国を表すかのように、さまざまな宗教や政治も強く関係しているのだ。

「サンバ文化」が生み出す、地域の結束と助け合いの精神

老若男女

老若男女あらゆる人種系統のブラジル人と、世界各地からの外国人がパレードに出場する

 リオのカーニバルとその周辺にはさまざまな人類の歴史的、民族的な事情や経済・政治事情が交錯・反映されていることにご興味をもっていただけただろうか。まさに、それは「大航海時代からはじまった人類のグローバリゼーション」によって生み出されたブラジルを象徴し、限定性を持ちにくい多様性にあふれたブラジルには“人類の今を象徴するさまざまな物事”が集約されていると言えるかもしれない。  さまざまな考えと利害が存在し、このコロナウイルスのパンデミックの最中でも巨大な力が急速に蠢き合っている人類の現在。さまざまな違いや操作を乗り越えて、人類が分断に向かわず、友情にあふれ、知的な良識によって公正さが守られ、平和である事を願うばかりだ。  そして、シンボリックな存在のリオのカーニバルとそのサンバも役目を果たしてくれることを願ってやまない。一方、我々日本人は、歴史的、地理的、社会的、また圧倒的な実体験不足と敗戦後に対米従属体制の影響から、複雑で巨大な「世界の事情や真実」に疎いままだ。  しかし私たちにとって、リオのカーニバルとサンバ文化はそれらをまとめて知ることができ、世界の真実をこのパンデミックの中で見直すうえでも、絶好の内容を取り揃えている。そしてタフにポジティブに、自主的に展開し、孤立を避け、助け合うことが求められる中、社会文化の共同体モデルとしても注目して良いかもしれない。  現在、次々に有名なサンバ関係者の感染がニュースとなり、恐怖の空気が広がっているリオデジャネイロ。一方で「サンバ文化」本来の地域の結束と助け合いも具体的に機能している。たとえば……。  各エスコーラの衣装製作工場では、貧しくより危険に脅かされているサンバコニュニティーの人たち向けのマスクの生産が行なわれている。各エスコーラの本部大会場は感染者隔離施設として利用され、貧しい地域民への飲食物や生活必需品の配布の場としても機能している。上位リーグに名を連ねる全エスコーラの打楽器隊指揮者たちはリオ市から食糧支給品配布の役目に任命され、火事場の陣頭指揮者となっている。  人々がリオ各地域で自主的に自治・自衛し、人生を分かち合う「エスコーラ・ヂ・サンバ」という共同体の機能が、カーニバルに限らず、このパンデミックの中でも人々を救っている状況だ。  サンバが単なる音楽の呼称ではなく、いざという時に助け合えるセーフティネットとしての社会文化であることが、現在の危機下にも実証されている。  2021年のカーニバルの各エスコーラのテーマ発表、人材の移籍・去就などオフシーズンのストーブリーグの情報も、「コロナウイルス後」への希望をこめて発表されている。再びこの地にサンバの熱気と音楽が鳴り響き、人々に笑顔と平和が、そして世界中からの参加者が戻ってくることを願ってやまない。 <文・写真/KTa☆brasil(ケイタブラジル)>
東京生まれの日本人。世界各大陸で活動する音楽家、ライター、番組レポーター。神奈川県の在日米軍施設の近くで育つ。同時にサッカー/野球/F1GPとの関わりから「汎ラテン圏の民衆力」に着眼。米国を経て1997年よりブラジル各地での活動を継続中。共著書『リオデジャネイロという生き方』(双葉社)ほか、寄稿多数。MTVやFM各局、NHKテレビ「スペイン語講座」などのレギュラー出演を経て、戦後日本体制の常識に疑問を持つ。世界各地の民族史と音楽史、移民史、混血文化史を、現地との関わりを持って研究し続けている。『Newsweek』誌「世界が尊敬する日本人100」に選出。Twitter:@KTa_brasil  公式サイト:keita-brasil.themedia.jp
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