教育こそ少年たちにとっての大きな罰。『許された子どもたち』内藤瑛亮監督 <映画を通して「社会」を切り取る17>

真の被害者救済のために

――加害者である絆星の家族は、SNSによって住居を特定され、自宅への落書きなどの嫌がらせにより引っ越しせざるを得ない状況に追い込まれます。その点についての描写も秀逸であると感じましたが、少年犯罪と報道やSNSによる情報発信についてはどのように感じていますか? 内藤:2015年に発生した川崎市中1男子生徒殺害事件で報道はもちろん、SNS による情報発信の問題点が顕在化したと感じました。あの事件では、加害者の少年が特定され、氏名や住所などの個人情報が拡散されたり、当時少年だった一般私人が、加害者の自宅に行き、家族が帰宅するシーンを撮影してその様子を動画で配信していました。  また、週刊誌が加害者を写真入りで実名報道をしたことに対し、インターネット上で「よくやった!」「それだけのことをしたんだから仕方ない」との声が寄せられていました。
©2020「許された子どもたち」製作委員会(PG12)

©2020「許された子どもたち」製作委員会(PG12)

 被害者の少年は、首を刃物で傷つけられたことによる出血性ショックで亡くなっており、顔や腕にも切り傷があることから、手足を縛られて激しい暴行を受けた可能性があるとされています。そうした犯罪の残忍さも相俟って、加害者の情報をSNS で拡散している人達は自らが正義の鉄槌を下していると思っています。そして、処罰が足りないのではないかという感情も抱いています。  もちろん、処罰感情は誰にでもありますが、加害者の実名や住所、顔写真を晒すことは自己満足的で単なるエンターテイメントになっていると思わざるを得ません。加害者をある意味公開処刑しても被害者が救われることはないですし、逆に加害者を贖罪から遠ざけモンスターにしてしまうのではないでしょうか。そういう思いもあって、SNSによる加害者へのバッシングの描写を入れています。

少年審判の教育的な側面

――少年による凶悪犯罪がなくならないことから、少年法の刑事処分の対象を現行の14歳より引き下げるべきとの論議もされています。その点についての内藤監督のお考えについてお聞かせください。 内藤:少年による凶悪犯罪の発生の抑止のため、少年法は不要で刑罰の適用年齢を引き下げて、大人と同じように罰すればいいという人もいます。  ただ、大人と同じような扱いになると起訴猶予になる確率も高くなりますし、軽犯罪であれば罰金で済まされる場合も出るでしょう。一方で、少年法が適用になれば、全件家庭裁判所に送致されて少年による犯罪の背景が明らかになり、教育的な働きかけもなされる。そちらの方が大きな意味があるのではないかと感じています。  教育は子どもにとって大きな罰だと思っています。罪の意識がない子たちがたくさんいるなかで、教育によってようやく罪に気付けるということはあります。少年法の適用がなく、大人と同じ扱いを受けて裁かれるのでは、むしろ楽になってしまうのではないかという懸念がありますね。   ――加害少年たちの間のヒエラレルキーの描写もリアルでした。 内藤:今回の映画の少年犯罪も被害者を死亡させてはいますが、事故的なニュアンスを入れています。というのも、残虐だと報道されていた少年たちの生育歴、犯罪に至るまでの行動や生活の様子を辿って行くと、むしろ彼らはいじめられていたというケースもあったんです。彼らは不良のクラスでは、かなり低い位置にいたんですね。  事件の直前には地元の不良グループに殴られていたのですが、加害者の少年たちはアニメやゲームが好きで、不良カルチャーよりオタクカルチャーになじみがありました。そういう子達の方が少年を死に追いやってしまうということに現代的なリアリティーを感じたんです。  なので、映画の加害者の子ども達は、不良グループの中では低いヒエラルキーにいてそしてその中にもヒエラルキーがあるというような構造にしました。やっていたことは些細なことでも、そのヒエラルキーのひずみが重なって大きな事件につながってしまうという流れにしたんです。 ※近日公開予定の続編では、内藤監督に、子育てにおける父親の役割や日本映画の置かれている現状、これから取り組みたいテーマなどについてお話を聞きます。 <取材・文/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。
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