伝染病とは、差別の歴史だった~健康的かつ健全にパンデミックと戦うために

伝染病の原因は、「穢れ」として弱者に押し付けられる

 人類が伝染病に苛まされるようになったのは、都市化での人口の稠密と家畜の存在が大きいとされている。農業の発展は都市をつくり、そこに人が集まる。そして人と人が「密」となると、そこには疫病はたやすく人に伝播するようになる。  家畜は動物由来の伝染病をもたらした。鳥インフルエンザや豚インフルエンザと、そのものズバリの名前がついている伝染病からもわかるとおり、疫病の多くは家畜から由来する。  そうすると肉食を穢れとして、仏教やヒンズー教でも肉食そのものをタブーとしたのはそこに出発点があるのかもしれない。そして、日本でも動物の屍体を取り扱う職業は卑賎なものとして近年まで固定化された。これが部落差別につながっていく。  伝染病の原因を穢れとして忌避し弱者に押し付けていくのは近現代に至っても続く。19世紀のアメリカでは、伝染病は移民のせいとされた。コレラはアイルランド人の持ち込んだものとして、結核はユダヤ人、ポリオはイタリア人が原因だと大真面目に語られた。どの民族もアメリカ社会では後発の移民であり被差別民として苦労を重ねていた。貧困もあり清潔とはいえない環境に住み栄養も行き届かないために、確かに伝染病はそれらのコミュニティを中心に発生したかもしれない。そしてそれが差別の理由となった。  20世紀初頭になると中国人が伝染病を持ち込むとして迫害された。 ”1918年のスペイン風邪のときには、インフルエンザの原因にあげられていたのは、肉体の露出、泥、ほこり、不潔なパジャマ、閉め切った窓などだが、それらともに、ドイツ人が汚染させた魚や、そのものずばり中国人ともされていた。”(出典:『カミング・プレイグ』ローリー・ギャレット/河出書房新社)  そして現代。100年前からなんの進歩もない。今、町では飲食店などで働く中国の方へ心ない言葉がかけられていることを聞いた。「コロナが心配だったら、中国人を入れなければいい」という声も飲食店で聞いたことがある。  「JAPANESE ONLY」と店頭に貼り紙を出したラーメン店が日本で賛否両論を呼んだ。店側は従業員を守るためだという。

既存の差別構造が増幅されて顕在化しただけ

 しかし、そのあたりから欧米をはじめとする世界で、日本人も含むアジア人差別が始まっていた。つい先月まで、海外では、日本は中国につづいてアウトブレイクが始まるだろう国とみなされていた。汚い言葉を投げかけられたり、つばを吐かれたり、暴力を振るわれたりすることが相次いだ。この標的には日本人も含まれていた。  ドイツのサッカースタジアムでは日本人団体客がセキュリティスタッフによって試合中に退場するように求められた。  アメリカではさらにエスカレートしていった。2歳と6歳の幼い子供を含むアジア系アメリカ人の家族が、スーパーマーケットの買い物の最中で刺された(参照:Daily Beast)。中国人が伝染病を持ち込んだので腹がたったというような理由だったらしい。心が痛んでならない。  それに危機感を抱いた台湾や香港の人はこれ見よがしに「私たちは台湾人です」「中国人ではありません。香港人です」というバッジやTシャツをつくった。そのふるまいも、自己防衛だったにしても、差別を肯定し、助長することにしかならない。  それからしばらくすると欧米で感染が爆発的に広がり悲劇的な状況になっていった。今度は欧米人のほうが危ないということになるのではないかということになるはずだが、そのようにはなっていない。何をかいわんやである。結局はこれまであった差別の構造がそのまま伝染病の恐怖に増幅されて正体を現しただけなのである。そして、その社会で少数の人間に病いは罪として押しつけられていく。
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隠喩がらみの病気観との訣別
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