伝染病とは、差別の歴史だった~健康的かつ健全にパンデミックと戦うために

2020年春節時の横浜中華街

2020年春節時の横浜中華街

中華街の人に向けられた心無い差別

 まだ緊急事態宣言が出る前のことだ。中華街に取材で訪れていた。中華街の大通りや路地裏は、日曜日なのに閑散としていた。  夜に取材を終え、場所を変え、とある街でバーに入った。カウンターをはさんだマスターによもやま話で「中華街に行ってきた」と言った。すると並んでいた見知らぬ常連と思しき客が、「うえっ」と声に出し大袈裟に口を覆い、近づかないでくれという身振りをしてきた。  黴菌や汚物のような反応だった。もちろんジョークなのだろう。しかし、そのジョークが成立するには、それを理解してもらうための共通の認識が前提になる。  今回の新型コロナウイルスの渦中で、中華街では「日本から出ていけ」というような差別が直接投げかけられることがあったという。さらには「中国人はゴミだ!細菌だ!悪魔だ!迷惑だ!早く日本から出ていけ!!」との匿名の投書もあった。  それらの心ない差別に対して、日本人からも批判が相次ぎ、むしろ中華街には応援する声が多数届けられたという。その話を中華街の組合から聞いて、少し安心した気分になったばかりだったから、また暗澹とした気分にならざるをえなかった。  中華街は日本に根づいて何年にもなる華人の街である。これはその時の取材で知ったことなのだが、日本国籍を持つものも多くなった華人はもとより、出稼ぎで来ている従業員のような人たちも、今回の新型コロナウイルスの騒動が広がる原因となった春節(中華圏の旧正月)には、皆日本にいたそうだ。一年でもっとも中華街が忙しいのが春節だからだ。新型コロナウイルスの封じ込めに成功して、世界で有数の罹患者の少なさを誇る台湾から来ている人も多い。さらにいうならば、もう中国は武漢でのアウトブレイクの封じ込めに成功していたのである。

伝染病の側につねに存在していた「差別」

 古来から伝染病は差別の歴史でもあった。  伝染病は突然やってくる。それは人類の宿命として避けることができない。混乱は不意に訪れ、私たちのこれまでの常識が通じない事態を招く。迫りくる病いの恐怖、そして死に、人は自らが事態を何もコントロールできなくなる不条理に巻き込まれる。  伝染病から身を守り、自分達の心理的な平穏を取り戻すために何をなすべきか。まずは余所者は排除することだ。どこかからやってきた疫病をこれ以上は私たちのそばに寄せ付けてはいけない。そうして伝染病の古典的な「ソーシャルディスタンス」は始まる。  14世紀の欧州を襲ったペストの流行では、フランスのストラスブールでペストの感染源だとされてユダヤ人が虐殺された。その数は16,000人と言われている。スイスのバーゼルでは街のすべてのユダヤ人が殺された。街には、今後200年にわたってユダヤ人が街に立ち入ることを禁止するとのお触れが掲げられた。  国王たちはこれが根も葉もない噂であることを知っていた。むしろこの暴挙を止めにはいりユダヤ人を保護したが無駄だった。ある領主は、やはりユダヤ人を保護したが、民衆はその領主を「ユダヤの親方」と呼んであざけ笑った。こうして欧州の全土にユダヤ人排斥と虐殺が頻発した。  インドの不可触民への差別は現代にも執拗に残る宿痾だが、これが伝染病対策と密接な関係があると言われている。  アーリア人がインダス川流域の乾燥地帯から、ガンジス川流域やインド南部へ征服民として進出してきたときに、その高温多湿な地方特有の伝染病に相当の被害を受けた。アーリア人はそれらの風土病に対して免疫をもたなかったからだ。そのため、被征服民に対しては、触ったり近づくことを禁止した。もしその被征服民が隔離されている村落--今の言葉で言うならばロックダウンされた村に入ってしまったときは、穢れを落すための水などで体を清めなければならなかった。その防疫のための措置が風習化し、社会的に不可触民の制度にそのまま根づいたというわけだ。
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伝染病で顕在化する既存の差別構造
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