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中国の武漢市で発生したとされる新しいウイルス「新型コロナウイルス」が世界中で猛威を振るっている。このウイルスは感染力が高く、まだ何の症状も現れていない感染者からもうつる場合があるという、何とも困った性質を持っている [1, 2, 3]。そのため感染防止は容易なことではなく、一般人はもちろん、衛生管理に厳しいはずの医療従事者からも多くの感染者が出ていることが、各地から繰り返し伝えられている。
公衆衛生サーベイランスを専門にするハーバード大学のKlompasは、新型コロナウイルスの不気味な感染力を、“まるで広く蔓延することに最適化されているようだ”と評している [3]。
新型コロナウイルスの感染力の高さに関し、最近、「
エアロゾル感染(空気感染)」が起きている可能性が指摘されるようになっている [4~10]。結核などの感染力の高い病気がエアロゾル感染することは既によく知られているが、同じことが新型コロナでも起こっているのではないかと懸念されているのだ。
本記事では、その可能性についての最近の議論を紹介する。それらの議論を俯瞰して筆者がたどり着いた現時点(2020年4月22日)での結論は次の通りだ。
「エアロゾル感染するか否かについての確定的な結論はまだ出ていないが、念のため、予防原則を働かせ、対策をとっておこう!」
なお、本稿中に現れる […] 内の数字は末尾に列挙した参考文献の番号に対応している。
エアロゾルという聞きなれない言葉を聞くと何か特別な物かのように思えるが、そんなことはない。要するに“
微粒子”のことだ。エアロゾルという用語は色々な分野で使われており、細かな定義は分野ごとに異なるが、ウイルス感染にかかわる“感染症”の分野では「直径5μm以下の微粒子」とされることが多い [4, 10, 11, 12]。ここで、1μmは1 mmの1000分の1の大きさだ。
このような小さな粒子は重力に引かれても簡単には落ちず、空中をふわふわと、いつまでも漂っていることができる。天気のいい日に窓を開け、部屋に日光を入れると、小さな小さな繊維状の埃がふわふわと部屋の中を漂っているのが見えることがある。あの埃にも重力がかかっているが、なかなか床には落ちず、空中を漂い、たまには重力の方向とは反対の上方向に動くことまである。エアロゾルの運動は、あの埃の動きによく似ている。
人が咳やくしゃみをすると、口から唾(つば)の飛沫がまき散らされる。この飛沫には様々な大きさのものが含まれており、はっきりと目に見える大きなものから、目には見えない微粒子状のものまで有る [4, 5, 13~16]。このうち、大きな飛沫はあっという間に下に落ちるが(まさに、放り投げた石ころやボールのように)、微粒子状の飛沫、すなわち唾のエアロゾルは、上で述べたようにいつまでもふわふわと空中を漂い続けることができるのだ。
この件について、クイーンズランド工科大学(オーストラリア)のMorawskaら [5] が分かりやすい概念図を作ってくれているので、以下に引用しておこう。
小さな埃やエアロゾルがそのような運動をするのは、それらの微小な物が、自分の周囲にある空気の流れに影響を受けやすいためだ。大きな石はちょっとやそっとの風ではびくともしないが、石にヤスリを掛けて作った粉は、フッと息を吹きかけただけで簡単に舞い上がる。そのように、微小な物は「重力」よりも「空気の流れ」の方に素直に従って運動する。
エアロゾルの運動が「放り投げた石ころやボール」と大きく異なるのは、以上のような理由によっている。ちなみに、ここで述べたことは流体力学や環境科学(特に大気汚染)の方面ではよく知られたことだ。大気汚染で問題になるPM2.5や黄砂もエアロゾルの一種だが、それらの微小な粒子も「空気の流れ」によく従い、簡単に海を越えて飛んでくる。