新型コロナはエアロゾル感染するか? 確定的な結論はまだないが、予防原則をもとに先見的対策を!

唾のエアロゾルは感染源になり得るか?

 問題は、唾のエアロゾルが他人に新型コロナをうつす感染源になるか否かだ。もしもエアロゾルが感染源になるとすると、感染防止はより一層大変になる。何故なら、エアロゾルは風に乗って遠くまで移動することがあるため、一人の感染者の影響範囲が広くなるからだ。さらに、エアロゾルは目に見えないほどに小さいため、自分の周囲にエアロゾルがあったとしても、それに気づくことができず、知らぬ間に感染していたということも起こりえる。  唾のエアロゾルが感染源になるためには、少なくとも次の3つが成り立つ必要がある。 (1).感染者の唾のエアロゾルに新型コロナウイルスが含まれる (2).新型コロナウイルスがエアロゾルの中で十分に長い寿命を持つ (3).新型コロナウイルスを含んだエアロゾルを吸い込むと新型コロナに感染する  このうち、(1) と (2) については、裏付けとなる報告が幾つか出されている。  例えば、中国・軍事医学科学アカデミーのGuoらは、新型コロナ感染者を受け入れている火神山医院(武漢市)で測定調査を行い、院内で採取した空気などから新型コロナウイルスを検出している [7]。  彼らの調査では、手で触れる人はまずいないだろう床面と、床面に常に接しているスリッパのソールからも新型コロナウイルスが見つかっている。さらに、ICU(集中治療室)で行われた空気採取からは、患者から4メーター以上も離れた場所にまでウイルスが届いていることが判明した。これらの結果は、感染者の唾にウイルスが含まれていること、そして、唾にエアロゾル状のものが含まれ、それらが空気の流れに乗って遠くまで移動したことを示唆している。  Guoらと同じく、武漢大学のLiuらも2つの病院(ともに武漢市)で測定調査を行い、Guoらと同様の結果を得ている [6]。  また、米国・国立アレルギー感染症研究所のDoremalen、プリンストン大学のMorris、カリフォルニア大学のGambleらは、エアロゾルを人工的に発生させる装置(コリゾンネブライザー)を用いた研究室実験を行い、新型コロナウイルスがエアロゾルの中で3時間以上も生き続けることを見出した [17]。彼らは実験を3時間まででストップさせているが、彼らの示したグラフを見るに、ウイルスの寿命は3時間よりもっと長そうだ(文献 [17] のFigure 1A)。  それでは (3)、すなわち、新型コロナウイルスを含んだエアロゾルを他人が吸い込んだ時に、新型コロナに感染するか否かについてはどうだろう?  残念ながら、この点については今現在(2020年4月22日)、確かな証拠はなく、結論は不確定だ [4, 5]。しかし、以下に列挙したような理由から「新型コロナ感染症もエアロゾル感染するのではないか?」と懸念する研究者が複数現れている。 ・エアロゾルを通じて感染することが分かっている病気が存在すること (例えば、結核、はしか、水痘 [18]。なお、インフルエンザもエアロゾル感染しているかもしれないという説がある [19, 20]) ・新型コロナの感染力が当初の予想以上に高く、あっという間に世界中に蔓延したこと。厳重に感染防護しているはずの医療従事者からも次々と感染者が現れていること新型コロナの感染者には無症状者が多くいるため、感染が確認されている人数よりずっと多くの感染者が存在する可能性があること [21]。すなわち、新型コロナウイルスの感染力が、我々がいま思っているよりずっと大きい可能性があること上述した通り、感染者の唾のエアロゾルに新型コロナウイルスが含まれていること [6, 7]、そして、エアロゾル中のウイルスが最低3時間もの寿命を持つらしいこと [17]  さて、新型コロナがエアロゾル感染するか否かについて確かな証拠が出てくるのはいつになるだろうか? Nature誌の4月9日の論説によれば、感染性の呼吸器疾患を専門にする研究者らは、年単位の時間がかかると見ているそうだ [4]。

今、我々一般人にできることは?

 このような不確定な事柄を前にして、我々に今できることは何だろうか? 冒頭で述べたように、筆者は以下のように考えている。  「エアロゾル感染するか否かについての確定的な結論はまだ出ていないが、念のため、予防原則を働かせ、対策をとっておこう!」 つまり、確定的な結論が出るのをただ待つのではなく、マスクの着用 [22~25] や対人距離の確保、丁寧な手洗いと消毒、換気といった基本的な対策を怠らずに続ける、それに尽きるだろうということだ。エアロゾルは空気の流れに乗りやすいことから、換気は特に有効だろう。窓を開け、風通しをよくすれば、風に乗ってエアロゾルが出て行ってくれるだろう。  さあ、対策をとろう。新型コロナがエアロゾル感染するか否かについて、科学的な結論が出るまで何もせずに待つのは、まさしく時間の無駄、そして、命の無駄だ。

[参考文献]

[1] Rothe et al., Transmission of 2019-nCoV infection from an asymptomatic contact in Germany, New England Journal of Medicine (2020), doi:10.1056/NEJMc2001468 [2] Lan et al., Positive RT-PCR test results in patients recovered from COVID-19, JAMA (2020), doi:10.1001/jama.2020.2783 [3] Klompas, Coronavirus disease 2019 (COVID-19): Protecting hospitals from the invisible, Annals of Internal Medicine (2020), doi:10.7326/M20-0751 [4] Lewis, Is the coronavirus airborne? Experts can’t agree, Nature (2020), doi:10.1038/d41586-020-00974-w [5] Morawska & Cao, Airborne transmission of SARS-CoV-2: The world should face the reality, Environment International (2020), doi:10.1016/j.envint.2020.105730 [6] Liu et al., Aerodynamic Characteristics and RNA Concentration of SARS-CoV-2 Aerosol in Wuhan Hospitals during COVID-19 Outbreak, bioRxiv (2020), doi:10.1101/2020.03.08.982637 [7] Guo et al., Aerosol and surface distribution of severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 in hospital wards, Wuhan, China, 2020, Emerging Infectious Diseases (2020), doi:10.3201/eid2607.200885 [8] Han et al., Uncertainties about the transmission routes of 2019 novel coronavirus, Influenza and Other Respiratory Viruses (2020), doi:10.1111/irv.12735 [9] Bourouiba, Turbulent Gas Clouds and Respiratory Pathogen Emissions: Potential Implications for Reducing Transmission of COVID-19, JAMA (2020), doi:10.1001/jama.2020.4756 [10] Brosseau, COMMENTARY: COVID-19 transmission messages should hinge on science, CIDRAP News & Perspective (2020) [11] WHO, Infection prevention and control of epidemic-and pandemic prone acute respiratory infections in health care (2014) [12] Leung et al., Respiratory virus shedding in exhaled breath and efficacy of face masks, Nature Medicine (2020), doi:10.1038/s41591-020-0843-2 [13] Lee et al., Quantity, size distribution, and characteristics of cough-generated aerosol produced by patients with an upper respiratory tract infection, Aerosol and Air Quality Research (2019), doi:10.4209/aaqr.2018.01.0031 [14] Lee et al., Respiratory performance offered by N95 respirators and surgical masks: Human subject evaluation with NaCl aerosol representing bacterial and viral particle size range, Annals of Occupational Hygiene (2008), doi:10.1093/annhyg/men005 [15] Milton et al., Influenza virus aerosols in human exhaled breath: Particle size, culturability, and effect of surgical masks, PLOS Pathogens (2013), doi:10.1371/journal.ppat.1003205 [16] Johnson et al., Modality of human expired aerosol size distributions, Journal of Aerosol Science (2011), doi:10.1016/j.jaerosci.2011.07.009 [17] Doremalen et al., Aerosol and surface stability of SARS-CoV-2 as compared with SARS-CoV-1, New England Journal of Medicine (2020), doi:10.1056/NEJMc2004973 [18] Tellier et al., Recognition of aerosol transmission of infectious agents: A commentary, BMC Infectious Diseases (2019), doi:10.1186/s12879-019-3707-y [19] Cowling, Airborne transmission of influenza: Implications for control in healthcare and community settings, Clinical Infectious Diseases (2012), doi:10.1093/cid/cis240 [20] Cowling et al., Aerosol transmission is an important mode of influenza A virus spread, Nature Communications (2013), doi:10.1038/ncomms2922 [21] Bendavid et al., COVID-19 antibody seroprevalence in Santa Clara County, California, medRxiv (2020), doi:10.1101/2020.04.14.20062463 [22] Bae et al., Effectiveness of surgical and cotton masks in blocking SARS-CoV-2: A controlled comparison in 4 patients, Annals of Internal Medicine (2020), doi:10.7326/M20-1342 [23] Chen & Willeke, Aerosol penetration through surgical masks, American Journal of Infection Control (1992), doi:10.1016/S0196-6553(05)80143-9 [24] Oberg & Brosseau, Surgical mask filter and fit performance, American Journal of Infection Control (2008), doi:10.1016/j.ajic.2007.07.008 [25] Rengasamy et al., A quantitative assessment of the total inward leakage of NaCl aerosol representing submicron-size bioaerosol through N95 filtering facepiece respirators and surgical masks, Journal of Occupational and Environmental Hygiene (2014), doi:10.1080/15459624.2013.866715 <文/井田 真人>
いだまさと● Twitter ID:@miakiza20100906。2017年4月に日本原子力研究開発機構J-PARCセンター(研究副主幹)を自主退職し、フリーに。J-PARCセンター在職中は、陽子加速器を利用した大強度中性子源の研究開発に携わる。専門はシミュレーション物理学、流体力学、超音波医工学、中性子源施設開発、原子力工学。
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