アフター・コロナの世界・デジタル権威主義の台頭。日本でも始まるスマホの位置情報を元にした感染抑止

日本でも進む行動監視のためのデータ収集

 こうした監視には常に2つの側面がある。社会的に必要であり有用である面と、自由と人権を侵害する側面だ。状況や使用目的によってどちらにもなり得る技術をdual use technologyと呼ぶが、その開発や使用には慎重でなければならない。そして過去の事例を見る限りでは多くの場合、自由や人権を侵害することに使われるようになる。  日本でも同様の事態が進んでいる。先日、LINEがコロナに関するアンケート調査を行い、2,453万件の回答を得た。これはLINEと厚労省が締結した「新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する協定」に基づくものであり、データは厚労省に提供された。(参照:“第1回「新型コロナ対策のための全国調査」の全回答データを厚生労働省に提供 第2回は4月5日より実施予定”2020年4月3日、LINE)、“厚生労働省とLINEは「新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する協定」を締結しました”厚生労働省)  ひとたび位置情報を入手できれば、そこから個人を特定することが可能である以上、感染者と接触した人物を特定し早期に隔離したいと考えるだろうし、できる以上はやりたくなる。多くの人を感染から防ぐために役立つのは確かなのだ。 ”新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する協定締結の呼びかけについて“2020年3月27日|厚労省“新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に資する統計データ等の提供の要請について”2020年3月31日|経産省)  こうした動きをしているのはLINEだけではない。代表的なIT企業であるヤフー、グーグル、日本マイクロソフト、LINE、楽天、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクが参加した会合が持たれている。これらの企業は法令の許す範囲で政府にデータ提供などの協力を行うだろう。(参照:“コロナ対策、位置情報活用に潜む「法律の穴」“2020年4月10日、東洋経済オンライン)  もちろん、法令の許す範囲ということは、個人を特定できないデータということである。しかし、前の節で紹介した各国の事例でもそうだが、匿名化されたデータ、メタデータなどといっても実際には特定が可能であることは少なくない。  さらに当該企業と行政機関とのやりとりされるデータなどの内容が必ずしも明らかではない。もし本当に特定できないのならば、データを一般公開し、さまざまな研究者に益するようにもできるはずである。海外の研究者と比較研究すれば新しい有用な発見があるかもしれない。実際にツイッター社は停止措置を行ったアカウントのデータをネットで公開している。  ただし私はネットで公開すべきと言っているのではない。しない方がいいと考えている。なぜなら特定される可能性が高いからだ。私が関係者なら大規模アンケートで感染している可能性の高い人物とその人物と接触した人物を見つけたら、特定し隔離したくなるだろう。  感染しやすい行動を取っている人物がいたら常時行動を監視したくなる。そして、LINEを始めとする企業の協力があれば、それも可能なのだ。法令で定める個人情報でなくても特定できるのだから、協力する民間企業のハードルも高くない。緊急事態宣言の自粛要請に反するような問題行動が続くようならアカウントの停止を要請するのもよい手だろう。  非常事態には常にこうした隠れた危険が伴う。私は決して感染症の拡散を防ぐ手段として、これらを否定するものではない。だが、もし日本の主権が国民にあるのなら、どのような情報を収集し、なにをするのかを明示する必要があるのではないだろうか。  もちろんコロナを契機にしたデジタル権威主義の台頭は、スマホの位置情報だけではない。監視カメラを使った監視など他にも広がっている。こちらについても近くご紹介したい。 <文/一田和樹>
いちだかずき●IT企業経営者を経て、綿密な調査とITの知識をベースに、現実に起こりうるサイバー空間での情報戦を描く小説やノンフィクションの執筆活動を行う作家に。近著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器 日本でも見られるネット世論操作はすでに「産業化」している――』(角川新書)では、いまや「ハイブリッド戦」という新しい戦争の主武器にもなり得るフェイクニュースの実態を綿密な調査を元に明らかにしている
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