デニズさんは長期収容による「拘禁反応」と診断されている。だが今、その病巣に戻されたことで、精神状態は悪化。自殺未遂に歯止めがかからない
2月27日。筆者はデニズさんのほかにもう一人と面会した。トルコ人のY.Sさんだ。Y.Sさんは、今、排泄のコントロールができない。昨年のある日突然トイレで排泄ができなくなり、大便を床などに塗り付ける行為を繰り返している。本人もそれを「異常」だと認識しているのに止められない。
ズボンの上をめくってもらうと、紙パンツをはいていた。本人曰く、シャワーもここ1か月浴びていないという。そして来ていたシャツも異様に黄ばんでいたので尋ねてみれば、そのシャツを1か月間着続けている。だから「私は臭い。でも体も服も洗おうという気が起きないんです」。
Y.Sさんは昨年の牛久入管での集団ハンストに加わり、それが功を奏したのか、10月上旬に仮放免された。だがやはり2週間だけ。2週間経った10月16日の朝、仮放免更新手続きに出かけるとき、Y.Sさんの2人の娘(小学生)が「行かないで!」と泣いた。
そして再収容されるが、11月11日、Y.Sさんは突然成田空港に連れていかれ、無理やりトルコ行きの飛行機に乗せられようとした。驚いたY.Sさんは、徹底して搭乗を拒否。このときのことをY.Sさんはこう振り返る。
「もし、私に娘がいなかったらトルコに帰ります。でも、娘が私を待つ以上、帰るわけにはいかないんです」
ハンストで弱った体、娘との辛い別れ、突然の強制送還手続き、長期収容への絶望感…。次々と我が身に降りかかる不運に、ある日突然、「頭がパーンと吹き飛んだ」感覚に襲われ、Y.Sさんは以後、トイレでの排泄ができなくなった。
「ウンコを床に塗り付けるのもヘンな行為と判っていても、止めることができません。私はこのままでは、頭がおかしくなる。ここでは私、命がないみたいです。死にたいです」と訴えていた。だが、2人の娘の存在がそれを思いとどまらせている。
デニズさん「私は入管で何が行われているかをどこででも訴えます」
3月24日の仮放免でハグするデニズさんと日本人妻
実は、娘たちにはY.Sさんが茨城県で長期出張中ということになっているそうだ。娘たちに会いたい。でも、会えば娘たちは自分の実情を知る。だから、会えない。あまりに切ない話である。
Y.Sさんは今も収容されたままだが、デニズさんは外に出た。だが、仮放免されたからといって手放しでは喜べない。ハンストによる仮放免ではないので、再収容の可能性は低いが、問題は、この4年間で負った心の傷がいつ癒えるかだ。デニズさんだけではない。長期収容の末に仮放免された外国人のなかには、フラッシュバックによるPTSDや躁鬱状態に襲われる人が少なくないのだ。
デニズさんは「私はこれからも入管で何が行われているかをどこででも訴えます」と決意していた。だが妻のHさんにしてみれば、ボロボロになるまでに追い詰められたその心と体を癒すことを優先したい。3月24日の仮放免のあと、Hさんは「すぐに病院に連れていきます」とデニズさんを車に乗せて牛久入管を後にした。
そして仮放免は一般社会に住めるとはいえ、本国送還が前提とされているので「就労禁止」と「許可なき移動の禁止」が大原則。だが2011年にHさんと入籍しているデニズさんには、なぜ自分に在留資格が与えられないかの疑問を払しょくすることができない。今後は在留資格を得ることもデニズさんの闘いになる。まずはゆっくりと体を休めてほしい。
<文・写真/樫田秀樹>