武漢市内の道を行く検温&消毒ロボット 写真/AFP・EPA=時事
感染者急増で史上最悪のパンデミックになりつつある新型コロナウイルス。しかし、一方で最新テクノロジーの実用化が予想外に加速していた。人類の叡智で克服できるのか。
世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス。その脅威を克服すべく、世界各地ではAI(人工知能)やロボットなど最新テクノロジーが幅広く活用され始めている。なかでも特に目立つのが米中の動きだ。ウイルスの震源地であり、“開発独裁”と称される中国の動きには目を見張るものがある。
テクノロジーメディア「ロボティア」編集長の河鐘基氏は言う。
「中国では武漢に限らず、感染リスクを低減するという理由から、非接触技術の実用化が進んでいます。また各都市では監視カメラ網と顔認識、個人ID、交通機関の利用履歴などを組み合わせ、個人の行動履歴を細かく捕捉。そのデータを駆使し、感染者が利用した経路をマップ化する技術が一般向けに広く公開されています」
日本であまり知られていない分野でも、すでに実用化が加速している。中国のテクノロジー事情に詳しい、エクサイジングジャパンCEO・川ノ上和文氏は言う。
「工場など生産現場における『産業用モノのインターネット(IIoT)』の分野です。これが構築されていると、サプライチェーンの把握が容易になるなど製品生産をより効率化することができます。今回、中国自動車大手・BYDがマスク生産体制を確立したことが報じられましたが、その適応スピードを可能にしたのがIIoTの存在だと言われています」
中国のビジネス界では、すでに「コロナテック」のパッケージングや海外展開をテーマにしたセミナーも始まっているという。ウイルスの流行を契機に、中国の最新テクノロジーがさらに世界に拡散していくことになりそうだ。
では、新型コロナウイルスの世界的流行は、今後どのような新しいテクノロジーを出現させるのか。AIの専門家である慶應義塾大学・栗原聡教授は言う。
「ワクチン開発など創薬分野が代表的でわかりやすい事例ですが、リモート・コミュニケーションの分野でも革新が起こるでしょう」
現在、行われているリモートワーク技術は、人間の視覚情報をデジタル的に共有しているにすぎず、メールや電話と大差がない。今後は、五感すべてが共有できる「同室感通信技術」が注目される。
「対面のビジネスやコミュニケーションの際、人間は視覚を含む複数の感覚を駆使しています。リアルと遜色なく、それらの感覚をデジタル空間に移植するのが同室感通信技術のテーマ。高速な5GやVR・AR技術との相乗的な発展も期待したい」(栗原氏)
一方、情報通信サービスに詳しい、コンサルタントのクロサカタツヤ氏は「サイバー空間に多くのデータが集まり、欲求・需要を予測できるようになる」と語る。
コロナ禍で景気が悪化するなか、企業はリスクに対処するため余分な在庫を抱えなくなるだろう。そこで買い占めが起これば、社会の混乱は深まるばかりだ。解決策は、個人や店舗、もしくはサプライチェーンから細かくデータを取得することで、必要な量の在庫をリスクなく確保することだ。同様に、リスクヘッジと個人の満足度を両立させるため、データと予測を前提とした仕組みが社会のあらゆるシーンで生まれるというわけだ。
「コロナ禍を契機に社会の考え方も大きく変わっていくはず。プライバシーの問題など法整備や枠組みをしっかり整えることで、社会動向をバーチャルに予測する『デジタルツイン』(現実世界のデータを仮想空間に再現する技術)の恩恵を人々が受けやすくなっていくと思います」(クロサカ氏)
新型コロナウイルスによる混乱、また社会の変化は、テクノロジーに大きな進展をもたらすことはまず間違いない。ただし、テクノロジーの進化が被害を拡大させたという見方もできる。
「今回、感染が拡大し、社会が混乱した原因のひとつにテクノロジーの発展があります。かつて人類がこれほどまでに物理的に自由に移動できた時代はなく、拡散スピードを速めてしまった。また通信技術の進化によって膨大な情報が錯綜し社会が混乱していますが、それらを“技術的な公害”として認めるべきでしょう。コロナ禍は、そうしたある種の“気づき”を与えてくれるはず。アフターコロナの世界ではどのテクノロジーが本当に必要なのか、国や研究者、企業はその気づきを大切にする必要があります」(栗原氏)
テクノロジーによってもたらされた災禍を、さらに良いテクノロジーで解決することはできるのか。人類史上、類も見ない大きな転換点が訪れている。