3月20日、漫画家・イラストレーターのきくちゆうき氏がTwitter上で連載した漫画、『100日後に死ぬワニ』が完結した。同作は2019年12月19日から連載を開始。100日間、ワニのほのぼのとした日常を描いた四コマ漫画が1日にひとつのペースで更新されつづけた。四コマの最後で「死まであと〇〇日」とカウントダウンされていくことが特徴だった。
きくち氏のTwitterアカウントは本作の連載開始からフォロワーが200万人にまで増え、ワニの死が近づくにつれてタイムラインの緊張は高まっていき、テレビ等、他のメディアに取り上げられるなど一大ムーブメントを巻き起こした。本作は4月8日に書籍化され小学館から発売される。他にも「100ワニ追悼 ポップアップストア in ロフト」が渋谷・名古屋・梅田のロフトにて2020年3月21日から開催。グッズ販売が行われ、映画化などのメディア展開もされる予定だ。
物語の特徴について書いてみたい。
作中で過ぎていく100日の間、ワニの死をにおわせるようなことはひとつも起きない。車にひかれかけたヒヨコを助けるシーン、ビルの上から足を出して寒気を感じるシーンはあるものの、それが100日目のワニの死を直接招くわけではない。
タイトルと、最後のカウントダウンがなければ、このワニの死を予想することはまずもって不可能だろう。ワニはほとんど死と無縁の場所で生きている。何か罪を犯すわけでもないし、人生に絶望しているわけでもない。何か危険な仕事をしているわけでもなく、趣味はテレビゲームである。100日の間にワニは自分の夢や恋について悩みながら少しずつ前進していく。死が近づくにつれて、ワニはより活き活きと未来に向かって精力的になっていく。
彼が死ぬことは『ダイ・ハード』のジョン・マクレーンや『ミッション・インポッシブル』のイーサン・ハントや『007』のジェイムズ・ボンドが死ぬこととはわけが違う(彼らは死なないが)。100日後に死ぬ、ということを除けばこのワニはありふれた、ありきたりな青年である。だからワニやそれ以外の登場人物は名前を持たない。
この作品が物語として成立しているのはワニの死が約束されているからだろう。まず作者によるワニの”殺人予告”があり、それによってワニの一挙手一投足が意味が帯びる。(死が不幸なものだとして)いずれどのようにワニが不幸に見舞われるのかということが、日が経つごとに活力を増していく彼のほほえましい姿にアンビバレンスな憂いを起こしていく。ワニの死があり得ないことのように思えるようになればなるほど、読者はある意味で、ワニの死に期待を膨らませていく。
『100日後に死ぬワニ』は(作者が意図的にワニを死なせるという意味では)長い殺人の記録の体を成し、一種の推理ものとしても読むこともできるだろう。誰が、何が、何の罪もない(もしくは何の罪もないことが明らかにされていく)ワニを殺すのか。SNSという特性の中で多くの読者の興味、好奇心を引いたのは、そのような推理的要素(実際には不可能だが)も要因のひとつだったのではないだろうか。