パンデミックという現実の“その先”を描くゾンビ映画『CURED キュアード』から学ぶべきものとは?

3:家族や友情の関係が簡単に崩壊しかねないのが恐ろしい

 そのように社会に疑心暗鬼や悪意が蔓延する中、社会復帰を目指す回復者(元ゾンビ)である主人公の青年セナンは、義理の姉であるアビーに身元を引き受けられる。セナンはアビーの幼い息子とも打ち解け、再び家族になった彼らには束の間の平穏が訪れたように見える。
©Tilted Pictures Limited 2017

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 しかし、セナンは回復者の同盟のリーダーであるコナーという男に特別な親友だと思われていて、執拗なまでに同盟に誘われてしまう。コナーは危険な過激思想に染まっているのだが、セナンは彼への恩義があるがゆえにその誘いを断れず、一時的に同盟に加わる。ところが、セナンは家族を大切に想うこともあって、やがてコナーと決別する。それは、コナーにとって許しがたい裏切り行為だった。  つまり、“家族を大切にして真っ当に生きていたい男”と、”親友と共に過激な手を使ってでも社会に変革を起こしたい男”との、愛憎入り交じる関係性が描かれているのである。それも、社会における差別と迫害があったからこその悲劇だ。もし回復者が問題なく社会に受け入れられていたら、彼らは気が置けない親友同士でいられたかもしれないのだが、実際の関係性は破滅の引き金になり得えている。  さらに、セナンには義理の姉のアビーに隠している“秘密”もある。その秘密は、大切な家族との関係性をいとも簡単に壊してしまいかねない、さらに重大なものであった。  このように、『CURED キュアード』では、家族や友人との関係性が壊れかねない不安が全編に渡り描かれている。当然だが、人は1人では生きてはいけない。大切な誰かとの“つながり”が途絶えるというのは恐ろしい。ゾンビに人が襲われるという状況でなくとも、それはとても怖いのだ。

まとめ:新型コロナウイルスが蔓延した現実の、その先に見えるもの

 現在、新型コロナウイルスが蔓延し、毎日のように新しい感染者の報告、イベントの自粛などに伴う経済の悪化、はたまた死者の数が報道されている。いつウイルスが収束するかもわからない中、誰もが不安や恐怖を覚えているというこの世界の状況は、この映画『CURED キュアード』とはっきり重なる。  新型コロナウイルスのための不当な迫害や差別は、すでに現実に起こっている。日本では駄菓子店やラーメン店が「中国人お断り」と貼り紙を掲げ、パリ近郊の日本料理店では「コロナウイルス、出て行けウイルス」という落書きがされた。特にアジア系の見た目の人々への差別や嫌がらせは続出しており、SNSでの誹謗中傷も多く、時には殴る蹴るの暴行にまで発展する事態にまでなっている。  『CURED キュアード』で描かれる、これから社会復帰をしようとしている回復者に対して市民が激しい抗議デモを行い、時には暴動や抗争にまで発展してしまうかもしれないという危険性は、この現実を見ればただの絵空事ではないとわかるだろう。  そこまで差別が表面化していなくても、誰しもが新型コロナウイルスに感染した者を(あるいは感染していなくても)自覚なしに蔑視したり、傷つける言葉を浴びせてしまったりする可能性はある。この『CURED キュアード』で描かれた善良なはずの主人公、彼を家族として迎え入れた“正しい”行いをしたはずの義理の姉でさえも、差別する側に回らないとは言い切れないだろう。
©Tilted Pictures Limited 2017

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 そして、『CURED キュアード』で描かれているのは、ウイルスのパンデミックが収束した“後”の世界であるということも重要だ。今は誰もが新型コロナウイルスの収束を待ち望んでいる状況だが、「収束すれば全てが元どおり」とはならないだろう。良い方向にせよ悪い方向にせよ、社会状況や人間関係はパンデミックの前と変わり得る。『CURED キュアード』で描かれた世界は、その中で想定する限り最悪と言えるものだ。  言い換えれば『CURED キュアード』は、今の新型コロナが蔓延している現実の先に存在し得る、さらに絶望的な未来を見せているというわけだ。「そんなの、しんどいから観たくないよ!」と思われるかもしれないが、映画や創作物におけるそうした“負”の要素は、相対的に大切にしたい価値観(本作で言えば家族の存在など)を浮き彫りにして、逆説的に現実で目指すべき幸福を教えてくれることもままある。  だからこそ、絶望的な未来を見せる『CURED キュアード』は、むしろより良い未来のために何ができるかを考えさせ、その思考が現実で生きる希望へと展開するきっかけにもなる、やはりこのタイミングでこそ観てほしい映画であると、強く思えるのだ。  最後に、『CURED キュアード』の劇中では、“最善の医療を目指す”描写もあることもお伝えしておこう。ある女性医師が、収容中の感染者(ゾンビ)たちを安楽死させようとしている政府の方針に反対し、彼らを救うための新たな治療法の研究に没頭し、ある女性の治療に専念するのである。政治や社会の状況に流されることになく、ただ目の前の人を救おうと奮闘する医療従事者の姿もまた、現実に重ね合わせられるのかもしれない。 <文/ヒナタカ>
雑食系映画ライター。「ねとらぼ」や「cinemas PLUS」などで執筆中。「天気の子」や「ビッグ・フィッシュ」で検索すると1ページ目に出てくる記事がおすすめ。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter:@HinatakaJeF
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