一介の農夫はなぜ投獄され処刑されてもヒトラーへの忠誠を拒否し続けたのか? 映画『名もなき生涯』が描く、”埋もれた存在”による抵抗の意味

※この記事は映画のネタバレを含みます。  2月21日より公開されている『名もなき生涯』(監督テレンス・マリック)は、第二次世界大戦下のドイツで、徴兵を拒否した罪により処刑されたフランツ・イエーガーシュテッターを主人公とした伝記的映画である。    1943年、オーストリアの小さな村ザンクト・ラーデグントの農夫フランツは、徴兵およびヒトラーへの忠誠を拒否し、投獄されてしまう。ベルリンに送られ、裁判を受けることになった彼は、地元の神父や国選弁護人の説得も無視し、頑なに信念を貫く。そして同年8月、ついに彼は処刑されるのであった。  大まかなストーリー展開は、これだけである。多くの時間が、牧歌的なアルプスの農村風景と、拘禁されているフランツの内省に費やされており、このシンプルな物語を紡ぐのに、テレンス・マリックは実に3時間もの尺をかけている。

監督のメンターとしてのマルティン・ハイデガー

 物語の中心的な舞台となるザンクト・ラーデグントのシーンは、同じアルプスのイタリア南チロル地方でロケーションが行われた。だが、この場所はむしろトートナウベルクと象徴的な類似性があるだろう。トートナウベルクとは、ドイツの「黒い森」地方にある村で、マルティン・ハイデガーの山荘があった場所である。  テレンス・マリックは映画監督であるのと同時に、哲学の研究者でもある。そして彼に影響を与えた哲学者の一人が、マルティン・ハイデガーなのである。彼は生前のハイデガーと会ったこともあり、1969年にはハイデガーの「根拠の本質について」を英訳している。ナチスに加担した哲学者として有名なハイデガーであるが、皮肉なことに、このナチス抵抗者についての映画からは、ハイデガー的な思索のモチーフが見出されるのだ。

「良心の呼び声」に従って

 逮捕され、極刑が確実視されてもなおヒトラーへの忠誠を拒み続けるフランツに対して、神父や弁護士は繰り返し以下のような説得を試みる。お前のやっていることなんて誰も気に留めない。政治的にも社会的にもいかなるインパクトを残さない。お前の抵抗は無意味だ。家族のためにも、形式的にであれ書類にサインして、助かったほうがよいだろう、と。  こうした説得に対して、フランツはほとんど反論をしない。彼はただ抵抗し続ける。彼は沈黙のままに、自分自身の「良心の呼び声」を聞くのだ。「現存在が、良心において、おのれ自身を呼んでいる」とハイデガーは述べた。彼がつぶやく字幕化されないドイツ語のささやき声は、具体的な内容をともなわないまま、人間を本来的な存在へと引き戻す「良心の呼び声」の現れだといえるだろう。
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空と大地、神と人
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