母国に強制送還されることも、日本に住むこともできない。入管に名前を奪われ、人生まで奪われたスリランカ人

裁判長は「証拠は出尽くした」と結審を宣言

ダヌカさんの集会

ダヌカさんの集会には、急な場所の変更にもかかわらず30人ほどが集まった

 2月25日、とうとう仮放免の手続きが2週間と短くされてしまった。2週間にされるとたいていの人は、次回の手続きに行くと収容されてしまう。  午後からダヌカさんは裁判所に向かった。自分の裁判に初めて足を運ぶことなる。ダヌカさんは意見陳述をゆるされ、自らの言葉でゆっくりとした口調で語った。 「ダヌカは賢い、ニマンタは輝くという意味。親がつけてくれた大切な名前です」  10代の私は愚かだったと反省の意を見せた。しかし、だからと言って入管の過剰な仕打ちには耐え難いことも語った。3人の裁判官は合議をすると、いったん法廷から消え、数分後にまた戻ってきた。そして急に本日が結審であると発表した。  あまりのできごとに傍聴席は混乱し、ざわめいた。弁護士は、「まだ証拠も書類も集めている途中なのに、裁判の終結は納得できない」と異議をのべるが、裁判長は「事実に関する証拠は出つくした、後は法律の判断の問題」と聞く耳は持たなかった。そこで弁護士はとっさに忌避を申し立てた。  これによりこの日は結審ではなくなったが、去り行く裁判官に向かって、 「人殺し!あんたたち人間じゃない」  婚約者は叫び、泣きだしてしまった。泣き崩れるAさんをダヌカさんは支えた。 「収容、されちゃうの?」  Aさんは声を震わせてダヌカさんに問いかけるが、それに対する答えは見つからない。両弁護士によると、突然、裁判長が結審を言い渡すことと、弁護士が忌避を申し立てることは通常はありえないことで、今回の裁判は異例中の異例らしい。

ダヌカさんは人生を奪われるほどの大罪を犯したのか

 これからダヌカさんはどうなっていくのだろうか。名前を取り戻せなければ、スリランカに帰ることができない。しかし日本にいる間に状況が変わり、母国は危険になり、彼は難民となってしまった。どちらにしても帰るわけにはいかなくなってしまったのだ。ダヌカさんの数奇な運命は、どこまでも複雑な方向へとねじ曲がっていく。  ダヌカさんは、Aさんとともに第三国に行くことを希望しているが、やはり名前を取り戻して正式なビザを取得しないことには難しい。  ここまでダヌカさんを支えてきたAさんは、本人が2年5か月ぶりに収容を解かれ外に出てきてくれたことで、やっと2人は婚約者らしくいられると思っていた。  それなのに、ただ当たり前のように一緒にいることすらできない。現在、ダヌカさんはストレスのせいで固形物が食べられていない。このうつ病の状態のまま、再び地獄の収容所に引き戻されてしまうかもしれない。  たとえ元の原因はダヌカさんにあったとしても、わかっていながら彼の本名を否定し、彼の身心を痛め続ける権利が果たして入管にあるだろうか。ここまで人生を奪われるほどに相応しい大罪をダヌカさんは果たして犯したのであろうか。  これをただの“自業自得”だけで終わらせていいのだろうか。 <文・写真/織田朝日>
おだあさひ●Twitter ID:@freeasahi。外国人支援団体「編む夢企画」主宰。著書に『となりの難民――日本が認めない99%の人たちのSOS』(旬報社)など。入管収容所の実態をマンガで描いた『ある日の入管』(扶桑社)を2月28日に上梓。
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