AIによる現実の補完と改変という「偽造現実」。問われる真実

捏造される現実世界

 革新的な技術は、時にアダルトの分野で素早く応用される。しかし、AI による画像や動画の加工は、アダルト分野だけではない。この技術は広範にわたっており、顔をすげ替えるだけでなく、唇の同期や感情の再現、身振りの移植もおこなえる。2017年には、スピーチ音声からオバマ前大統領を CG 映像化して、口元部分を自動生成する映像がニュースになった。  政治や経済に影響がある人物が、嘘の話をする映像が拡散したとする。最終的に偽物だとばれるかもしれないが、その過程で大きな影響が出ることが予想できる。株価を大きく動かしたり、戦争の引き金になる可能性もある。  社会的に重要な人物ではなくても警戒は必要だ。家庭を不和に導く発言、恋人との破局をもたらす告白、そうした動画が作られ、標的に送られる可能性もある。

身近な言葉で語りかける

 AIによる動画の加工は、悪用ばかりではない。善用、あるいはグレーゾーンのものもある。  2019年には、デービッド・ベッカムが、9ヶ国語を使って、マラリア撲滅を訴える動画が公開された(Malaria Must Die実際の動画メイキング)。世界的に影響力のある人を起用して、視聴者にとってより身近な言葉で語りかける。その効果は大きいだろう。  こうした用い方は、どこにも問題がないように見える。しかし政治の世界で利用すれば、グレーゾーンの使い方になる。今年の2月にインドの選挙で利用された例がある(参照:ITmedia NEWS)。インドは、多数の言語の人々が住むことで有名だ。そうした有権者へのメッセージを、まるで本人が、それぞれの言語の話者であるように加工して公開した。  仮に、メッセージに問題がなく、本人が同意した上での加工であったとしても、その加工により選挙の結果に影響を与える可能性がある。加工はどこまで許されるのか。そもそも日本の選挙でも、選挙ポスターの写真は、本人とは似ても似つかない大きく加工されたものだ。それらと、どれほど違いがあるのか。  AIは、現実の加工を容易にする。選挙の候補者の顔写真ひとつ取っても、その写真を見る人全員にパーソナライズした加工を施すこともできる。その人が好む芸能人の顔にわずかに似せる。見る人の人種的特徴を写真に混ぜる。そうしたことも可能になる。意思決定の手掛かりを、改変することができる。
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加工はどこまで許されるか? テクノロジーとモラルの狭間
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