――会社としての新規事業の取り組みはいつから始まったのでしょうか。
油井:エイベックスでは2015年より大規模な構造改革を行うことで、積極的に新規事業への取り組みを強化する組織となりました。感情認証技術の開発もその一環として2017年から始まっていますが、何をやっても良いわけではないんです。当社は、音楽、アニメ、映画、動画配信などいろいろやっていますが、やはり音楽、アーティストが主軸の会社なんですね。なので、新規事業は「音楽のクリエイティブ」に貢献できるか否かが重要な要素にもなっています。
感情認証技術の開発を始めた時は、新規事業部にマーケティングに強い人間がいたことから「顧客目線でクリエイティブにもフィードバックできるマーケティングツールを」ということでスタートしました。社外にはもちろん、社内にも理系のエンジニアやプログラマーもいます。
――音楽の売り方が変わって来ているのですね。
油井:CDが売れていた90年代から2000年に入って楽曲の配信が始まり、昨今は聴き放題のサブスクリプションモデルが台頭してきました。今の時代、アーティストもコンテンツをプロデュースして売る側も伝え方、届け方を変えていかなければなりません。
例えば、かつての売り方はロックが好きなスタッフが「A&Rが絶対売れる」と言って海外からロックのミュージシャンを連れて来て、テレビや雑誌などのパブリシティを展開して売っていたんですね。
ところが、今の時代は違います。音楽が好きなコアな人たちが最初に反応して、それが伝播するタイミングを見計らって、テレビや雑誌、Webメディアなどのプロモーションを仕掛けないといけないんです。
――情報を発信する側より消費者の方が新しい波を捉えるのが早いとは聞きますね。
油井:しかも音楽の場合は難しくて、ユーザー発と言ってもユーザーが曲を作るわけでも流通させるわけでもないんですね。あくまでも、作り手が音楽を作って放たないといけないので、届けるにはやはりマーケティングが必要です。
そのためには購入履歴や購入経路などのデータを分析して、「こういう人にはこういう音楽が合うのではないか」という仮説を立ててトライしなくてはなりません。僕は90年代の終わりに音楽の仕事を始めましたが、明らかに仕事のスタイルが変わって来ていますね。営業をするのにも、データを分析した上での理由付けが必要になっています。
――とはいえ、データに基づいたニーズのあるものだけ作っていると、音楽文化自体がシュリンクしてしまう気もします。
油井:その視点はもちろんあります。でも、数字があると人を乗せやすいんですね。チームで楽曲を売る時に売り上げが微増でも「何もしなくても数字が動いているんだから何かすれば動くでしょう」と言うとみんなが頑張れる材料になるんです。セールスは結局最後の人の熱量に左右されると思っていますが、データは人を動かす材料になるんですね。
例えば、社外にスポンサーを募る場合にも、熱意だけを訴えるのではなく、マーケティングデータを示して「どの層に売れるのか」ということを示すと、先方も社内の方を説得しやすくなるんですね。
かつては「CMお願いします」とひたすら推すような、ある意味人間関係が物を言うプロモーションでした。業界の構造上、それで何とかなっていたんですね。ところが今、そのやり方では売れずにいろんな人が苦しんでいるので、データで根拠を示してセールスすることが求められています。
――ロジカルなことをしているんですね。音楽業界のイメージが変わりました。
油井:ただ、注意しなくてはいけないのは、データありきで考えるのではなく、あくまでもクリエイティブのセールスを後押しする材料にするという姿勢を忘れないことです。数字はネガティブにもポジティブにもなるので、萎縮の材料にしないようポジティブな読み方を心掛けています。
また、マーケティングの際に「昔は~だったけど今は~」というように、ある事象を下げて自分の主張を通すような論法も見受けられます。でもそのやり方では永遠に人と比べることから逃れられず、軸が見えなくなってしまうんですね。対マーケット、対クリエイティブに対して、他との比較ではなく物事のあり方そのものを問うようにしていますね。
――今回は体感型イベントとのコラボレーションを展開しましたが、今後HUMANOID DJはどのような活動をしていくのでしょうか。
油井:そもそもHUMANOID DJのコンセプトは、人間と共に活躍し共存することです。人間のDJを軽視するのではなく、人間の要素をHUMANOID DJにインストールしてブランディングするんですね。
今後、HUMANOID DJをいろんなものとコネクトさせていきたいです。それ単体で成り立つ絶対的な天才アーティストではなく、みんなにとっての「HUMANOID」を作りたいですね。ダンサーのみならず、シンガー、ラッパーや楽器隊とのコラボレーションを考えています。
――性別や年齢を基にAIが適正化して楽曲を選んでいると、嗜好とは異なる音楽に出会う機会も減ってしまうような気もしますが、その点についてはどのようにお考えになっていますか。
油井:例えば、お年寄りだからといって演歌だけが好きとは限りません。様々なマインドセットがあると思います。音楽は場所がないと成立しないものですが、今回の『FLOWERS BY NAKED』に来る人にそこでロックを聴きたい人はいないですよね。「この場に来る人はこういうマインドセットだよね」という発想で、HUMANOID DJには場を重視したプレイしてもらっています。
――従来の人間のDJであれば、フロアの雰囲気を見たり、お客さんからのリクエストを受け付けたりするなどお客さんとの交流があったかと思いますが、HUMANOID DJはどのようにしてお客さんと交流するのでしょうか。
油井:「OUSAI Garden」では、春の精霊役の3人がダンサーとして踊っていますが、メインのダンサーの手には動きを読み取るセンサーが付いています。彼女たちがお客さんの前を通ったり花を渡したりとお客さんと接触すると、お客さんが驚いてAIが反応し、ピッチが変わったり、音にエフェクトが掛かります。人が働きかけることによってAIに感情や動きが生まれて、音楽に反映される仕組みになっているんですね。
クラブに行くと分かりますが、DJだけでなくVJもあるので、お客さんの感情値や年齢、人数などによって桜のデジタルアートの様相が変わったり、ダンサーが歩くと足元が波紋のようになったりなど、音楽だけでなく空間そのものも変化させていっています。
「OUSAI Garden」では、30分ごとにライブパフォーマンスが行われましたが、やはりその日によって流れる音楽、映像演出が異なりますし、同じ場所にいて3回聞いてもやはり3回とも異なる音が流れます。HUMANOID DJは今、お客さんのニーズに合わせて、臨機応変に仕事をしていますね。
※近日公開予定の後半では、油井さんにHUMANOID DJの企業への導入や海外展開、そして音楽ビジネスに求められる人材などについてお話を聞きます。
<取材・文/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。