日本の女性に今、個人としての生き方を問う 「Red」三島有紀子監督<映画を通して「社会」を切り取る13>

Red

©2020『Red』製作委員会

 島本理生さん原作の恋愛小説『Red』。出版当初から主人公塔子の生き方に対して賛否両論を呼んだ同作品が、新たに「個人の生き方を問う」映画に生まれ変わって、新宿バルト9他全国の劇場で公開中です。  誰もが羨む一流商社勤務の夫、可愛い娘、郊外の瀟洒な家。〝何も問題のない生活“を送っていたはずだった主人公の村主塔子(夏帆)は10年ぶりにかつて愛した男・鞍田秋彦(妻夫木聡)に再会。鞍田は塔子の学生時代のアルバイト先だった設計事務所を畳み、現在は友人の会社で設計に従事しています。  そして鞍田との再会をきっかけに、塔子は「また働きたい」という気持ちに目覚め、鞍田の誘いにより、鞍田と同じ設計会社で社会復帰することに。徐々に仕事にやりがいを感じ、同僚の小鷹淳(柄本佑)とは会社の飲み会を抜け出して心の解放を感じることも。一方、鞍田との愛が深まっていき…。塔子と鞍田の運命の歯車は再び動き出す。  原作は、官能小説と謳われていますが、「自分は何者で、何を選び、どう生きたいのか」と女性たちに問う映画を作りかったという三島有紀子監督。制作の経緯や意図、主人公の人物像、主演の夏帆さんと妻夫木聡さんに寄せる思いなどについてお話を聞きました。 ※映画のネタバレになる内容も含みますのでご注意ください。

自分に尺度がない時代

――映画『Red』は個人のあり方を問う作品にしたかったとのことでしたが、ストーリー展開について心掛けた点をお聞かせください。 三島:今回の作品に限らず、映画を作る時にはいつも「今の時代に何を発信するのか」ということを考え、普段から、自分の考えていることを探りながら時代との接点を見つけていきます。もともと、自分の内側に潜んでいるものを目覚めさせてくれる存在とは何か、について見つめたいと思っていました。愛する相手は一番近い他者であり、見たくなかった本質も剥き出しにしてしまうものではないか。そんな男と女の話をやりたいと10年ほど企画の話をしていた荒川プロデューサーに話したら、『Red』を読むことを勧められました。
三島有紀子監督

三島有紀子監督

 官能小説と宣伝されていましたが、むしろ、女性の生き方の話であり、塔子が非常に周囲に流されやすい、現代的な人物であることが自分のアンテナに引っ掛かりました。私が怖いなと思うのは、今の時代において、自分の尺度をきちんと持つことが難しいということです。「みんなが~と思っている、世間はこれが〜だと言ってる、だから自分も~しよう」というスタンスになりがちだなという気がしますね。  個人だけではなく、企業でもそうですよね。例えばマーケティングリサーチして「データとしては~だから~なのではないか」と非常に安直に答えを出そうとしているのではないかと。みんなが良いと言っているのは、どこの部分なのかさらに掘り下げて、それを個人としての自分はどう思うのか、を一考する時間は必要だと思います。 ――確かにそういう風潮はありますね。 三島:「みんなが言うならそれでいいんじゃない」ということは、自分も含めて多かれ少なかれ誰にでもあると思いますが、その感覚が社会を作っているということに怖さを覚えていました。原作の塔子は、物事を測る尺度を自分の外に置いて、「世間がいいというもの」を自分もいいとしたい人でした。そんな彼女自身が自分を見つめ直して、自らの尺度を内側にきちんと作って、自分自身の人生を生き始めた瞬間を描けば、今、映画にする意味があるのではないか、と感じたんですね。時代と一本の線が繋がった気がしました。つまり、いろんな呪縛の中で実はもがいている主人公が、世間の尺度やモラルというものからいかに解放されるか、そういうことをラブロマンスという物語の中で世の中に発信したいなと考えました。

塔子の人物像

――塔子の人物像作りで心掛けたことはどのようなことでしょうか? 三島:まず彼女を原作よりもさらに明確に「自分の中に尺度のない人」と設定しました。そして、16歳の時に彼女の父親が浮気をして出て行ってしまったという過去を設定して描きました。もしかしたら、彼女は「きちんとした家族」というのが、きちんとしたお家があって両親がそろっていて…と映画で描いた真のような家庭である、ということにしたのではないかと考えました。でもそれは、「きちんとした家族」の曖昧なイメージでしかないのですが。  塔子のお母さんにもいろいろなことがあって、自分が見たくない女の部分を見たのかもしれない。両親みたいな人生は嫌だ、と。そんな塔子が自分も母親になって再び鞍田に出会って、仕事を共にして自分の中に潜んでいたいいところや本質を知り…と考えて膨らませていきました。いつもそうですが、人物像について考える時間が映画制作の中で一番長いです。 ――作品を拝見してもかなり文学好きとお見受けしますが、小説を映画化することに関してどう思われますか? 三島:自分自身が文学そのものをとても好きなので、むしろ小説を映画にしたくはないんです。小説はそれ自体で完成された完全な作品ですから。小説をそのまま映画にするなら、小説を読んでいた方がいいし、完成度が高いのは間違いありません。だけど、読んだ時に、あるエッセンスに自分の心が惹き付けられて、そこの部分が広がるときがあります。広がっていくからこそ、また、広がった部分こそ、映画にしたいと思うんです。そこを起点に飛んでいく感覚ですね。なので、原作は一度読んだら何度も読まないように心がけています。  原作を読んだ時にアンテナに強く引っ掛かったのは、映像的に言えば大雪の一夜のドライブ、テーマで言えば「男の人は、千年経っても、男じゃないですか」「人形の家かよ」というセリフのやりとり。そして、塔子のキャラクターとしては「今まで一度も自分が夫からの電話を無視したことがなかったことに気付いた」という地の文章。  そこから、それぞれの人物をあらためて、構築し直しました。だから、セリフもシーンも映画オリジナルのものが多いです。鞍田が建築家という設定も、大雪の夜に立ち寄る定食屋も電話ボックスもガソリンスタンドも「Hallelujah」という歌も原作にはなく、広がった部分です。ですが、それは、原作があってこその広がったイメージなんですよね。
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塔子と鞍田、二人が窓から見た光景は
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