日本の女性に今、個人としての生き方を問う 「Red」三島有紀子監督<映画を通して「社会」を切り取る13>

塔子の扉を開ける小鷹

――子育ての役割や責任を母親である塔子だけに押し付ける真に失望した塔子を、同僚の小鷹が擁護するシーンがありますね。従来は女性同士で語られるような内容なので非常に新鮮でした。 三島:小鷹は非常にリベラルな人として描きたかったですね。彼だけが唯一、塔子と鞍田の関係を知っていて見守っています。
©2020『Red』製作委員会

©2020『Red』製作委員会

 小鷹は塔子だけではなく、建築の才能も含めて鞍田のことも愛おしくて仕方ないんですよね。尊敬もしていますし。唯一小鷹が二人のことを知っていて彼らを客観的に冷静に語ってくれるという役割を果たす人物として描きたかったんです。  それから、塔子の心の扉を開ける役割としても重要でした。専業主婦を続けてかたくなに自分の殻に閉じこもって、本当の自分を見せられなかった彼女は自信もなく、鞍田に急に近付くことはできないんですよね。  塔子は鞍田と深い関係になる前に、小鷹とバッティングセンターに行ったり、自転車に二人乗りしたりするような“少女性”の高いデートをしています。小鷹とのデートが塔子の心を開かせる後押しになり、鞍田が身も心も大きく彼女の扉を開けるという感じにできたらと作っていました。 ――原作では、塔子の行動の比較対象として存在するかのような女性の友人たちが登場しますが、映画では友人たちは登場しません。 三島:塔子に友人がいて、彼女のそばにいて立ち位置を示す方が映画の表現としては簡単なんです。でも、今回はあえて、そこをやらずに、しかもセリフも不自然な説明台詞はやめて、塔子と鞍田の表情やお芝居だけで塔子の心情や二人の関係を描くという挑戦をしました。

塔子と鞍田、二人が窓から見た光景は

――塔子と鞍田は同じ設計会社に勤務していますね。 三島:原作の設定は、鞍田と塔子はIT企業で勤務しているという設定でした。でも、彼女が何をしたい人なのか、何故この仕事をしたいのか、を明確にしたいと考えました。ITだとどんな仕事なのか映像化しにくく、なぜ働いているのかは明確には伝えにくいなと感じました。  自分自身が仕事をしていることもあり、仕事をする人の「生き方」をテーマにするのであれば、何をしたい人なのか、ということをきちんと描かざるを得ませんでした。そうしないと塔子に寄り添えないと思ったんです。  そして塔子がなぜ空間デザインの仕事がしたかったのかは、彼女が住んでいる場所が大きく影響を与えているのではないかと考えました。日本は家に縛られていることの多い文化だと思いますです。個として居場所を作るというより「家」そのものに縛られている。居場所のない二人が、自分の居場所として本当はどんな空間を望んでいるのかを描くのに、建築家と空間デザイナーの設定がいいのではないか、と話し合いました。空間デザインは自然と理想の家について考える職業ですからね。 ――二人が並んで模型の家の窓を覗くシーンが印象的でした。 三島:塔子と鞍田が同じ設計事務所に勤務しているという設定にした時に、建築家の方に取材したんですね。その時に聞いたのは、「設計する時に大事なことは、その家に住む住人が窓から何を見たいのか」ということでした。土地は既に決まっているので、何を見たいのかを起点として、窓の位置や方向を決めると。  その話が塔子と鞍田の二人とつながったんですね。居場所のなかった二人が愛する人とどういう風景を見たかったのか。そのイメージは彼らの中に明確にあるのですが、それを手に入れられなくて彷徨っている。二人は、一緒に住むことは出来ませんが、小さな理想の家を組み立てていく。至福の時ですが、それは切ないシーンでもあります。二人は、現在はもちろん、鞍田の未来においても一緒には住めない訳ですから。
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