日本で生まれた中学生の娘のためにも、中国には帰れない
その3日後のセミナーでは、Bさんがゲストスピーカーとして登壇した。Bさんは懺悔の思いを語った。
「私は本当に悪いことをしてしまいました。夫が積み上げてきたものを水の泡にしてしまいました。今思うのは中学生の娘の将来を潰したくないことです。日本にいさせてあげたい。娘の成長を見守りたいです」
もともと、母国で迫害など受けていない夫婦は帰ろうと思えば帰れる。だが帰らないのは、日本で生まれ育った娘がいて、今さら中国での生活ができないからだ。Aさんはアクリル板の向こうからこう語った。
「娘がいるから、3年8か月も頑張ってこれたんです」
セミナーで、木下さんはこの状態を「
二重の拷問」だと説明した。
「一つは夫への拷問。入管は間違いなく、夫を人質にして家族全員の帰国を狙っています。そして妻への拷問です。Bさんは『収容するなら私を!』との思いに今も苦しんでいるんです」
Aさん一家は今、在特の付与を求めて裁判を起こしている。Aさんの情報によると、裁判所は、娘だけは在特を得て在留できる方向で考えているとのことだが、AさんもBさんもそれは仕方ないと断言した。
「娘が寄宿舎のある学校に入学できればいい。在特があれば将来日本で働くこともできる。それなら、私たち両親も帰国する覚悟はあります」(Aさん)
木下さんは「確かにBさんが収容されてもおかしくない事例だけど、日本には偽名で暮らす外国人がたくさんいる。でもBさんは、あえて自分を偽るまいと正直に入管に出頭した。正直者が馬鹿を見たわけですが、Bさんの行為は親子を引き離すまでのことだとは僕には思えません」と同情を禁じえなかった。
Aさんは何のルール違反も犯していない。それでも、入管制度はこの正規在留者の生活も一変させた。こういった正規在留者でも、ある日突然在留資格をはく奪されたり、収容されたりする。これは氷山の一角だ。
ほかにも、夫が非正規滞在であったがために、妻のフィリピン人女性の在留資格「永住権」がはく奪されたばかりか、収容までされてしまった事例もある。
2021年3月に姉妹2人揃って専門学校の卒業を予定していながら、父親の在留資格の更新が突如不許可となったため、父は仕事を失い、一家全員が「仮放免者」となったことで、卒業後も就職ができない姉妹もいる。
あまりにも理不尽で、血の通わない入管の行政処分。これは是正されなければならない。
<文・写真/樫田秀樹>