「旗国主義の穴」と報じる日経新聞の罪深きミスリーディング

船内には旗国の管轄権が及ぶのでは?

 しかし、たとえ内水であっても船内は旗国の管轄権が及ぶという意見もある。  これに対し水田氏は「確かに国際法上、船内における船員同士のいざこざなど、船内の規律に関する事項については、内水においても旗国が管轄権を行使することができます。  しかし、それらはあくまで船内における犯罪などのことであり、今回のように、入国管理(検疫)という領域主権に関わる問題では、日本が管轄権を有します。日本が権利を行使した以上、行使後の対応が不適切だったり、権利行使の仕方がまずかった場合に法的・政治的責任を問われるのは当たり前のことです」と指摘する。  しかし25日の日経新聞の「入国制限、前例なき政治判断 新型肺炎に現場苦闘 感染拡大を防げ(1)」に、「横浜港での停泊後、自衛隊の先遣隊が船内に入ると乗員が配膳業務などにあたっていた。決定権は船長にあり日本政府は助言役にすぎない。『これでは自衛隊の任務は限られる』。防衛省は当初想定した派遣規模の拡大を見送った」と記載されており、やはり「旗国主義の穴」が障壁となったと考えることができる。  これに対し水田氏は「食事の配膳などは、船舶内の問題であるため旗国の法規制のもと船長の規律に服するといえるかもしれません。しかし、感染症拡大防止の一環としての措置であれば、領域主権の行使としての検疫の実施、あるいはそのような権限を前提とする、国際保健規則における「権限当局」(27条など参照、旗国でないことは明らか)の措置として正当化可能であるように思われます。  実際問題として、ほんとうに旗国の権限が障害になって、とるべき措置がとれなかったのか、それとも日本の国内法の規定の問題だったのかが問題となります。もっとも、感染症拡大防止について国際協力すべき義務を負うのは旗国(国際保健規則の「参加国」)も同じであることには留意する必要があります。なお、報道や日本政府、英国政府、さらにはプリンセス・クルーズ経営陣の声明を見る限りでは、旗国の英国側が日本の領域主権行使に異議を唱えたという事情はうかがえません」と述べた。  やはりダイヤモンド・プリンセス号における問題は、日本の国内法や、政府の対応がこのような大規模な検疫業務を複数の国内機関の協力のもとで、円滑に行いうるようなものであったかどうかが焦点になるだろう。例えば、検疫法34条の感染症に指定されるまで、患者や感染が疑われる人に、検疫法上の「隔離」や「停留」ができなかった。しかしそれは旗国権限による制約ではなく、国内法上の制約であった。

感染の拡大に対しイギリスの責任はないのか

 では、日経新聞の当該記事が第6段落で「クルーズ船では乗員・乗客の集団行動や共用設備が多い。運航中に新型コロナウイルスが広がったとみられる。公海上にあった同船舶には国際法上、日本が感染拡大の措置を講じる権限や義務はなかった。義務を負っていたのは船舶が籍を置く英国だった」と指摘するように、日本が権利を行使する前の期間における、旗国であるイギリスの責任はないのか?  これに対し水田氏は「船員の健康・設備の衛生状態の維持について、旗国が適切な規制を及ぼさなければならないことは条約等により定められていますが、船内に感染者がいるかどうかわからなかった1月20日から1月31日の間に、旗国であるイギリスが、遠く離れたアジアの公海上で一体何ができたのか疑問です」と日経新聞の報道に首を傾げる。  さらに水田氏はどこまで旗国に防止義務があるのか不明だとし、「国際交通に与える影響を最小限に抑えつつ、疾病の国際的伝播を最大限防止することを目的に作られた2005年改正国際保健規則の第28条4項には、『船長は、感染性疾病の徴候を示す病状又は公衆衛生リスクが船舶で発生したことを知り得た場合には、速やかにその一切の病状又は公衆衛生リスクの証拠を、行先地の港に到着する前に可能な限り早急に、港の管制に連絡しなければならない。かかる情報は、直ちに当該港の権限当局に送達されなければならない。』と書かれており、旗国ではなく行先地の港に報告しなければならないと書かれています。  船内の乗員乗客の人命・健康を考えれば当然のことですが、そもそも2005年改正国際保健規則じたい、船内の感染症発生・拡大について、(遠くにあるかもしれない)旗国が義務を負うというたてつけになっていません」と指摘した。  続けて「またダイヤモンド・プリンセス号のグラン・ターリン医師は、2月1日に下船者の感染がわかった後、直ちに日本側に連絡したと述べており、旗国の話は一切していません。そして外務省も『外交的観点から』英国と連絡を取っているとするのみです。船舶運行者、国際組織、日英を含む関係各国は、感染拡大防止について旗国の義務を問題にしてきませんでした。このことは、国際保健規則の解釈として、あるいは慣習法上、『旗国には感染拡大防止義務がないこと』、あるいは少なくとも『義務の存否は不明確であること』の証拠となりうるのではないかと私は考えます」と述べた。
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日英の二国間条約があるのに寄港を拒否できるのか
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