四国電力、伊方原発が差止仮処分への保全異議申し立て。相次ぐ司法・規制リスクは何をもたらしたのか?

福島核災害後に顕在化した司法・規制リスク

 2011年3月11日の東日本大地震とそれに伴う大津波のために、多くの人的、物的被害が発生し、膨大な人命が失われました。このとき、数多くの原子力、核施設が甚大な損害を受け、被害の大きかった幾つかの原子力発電所は辛うじて事態収束しましたが、東京電力福島第一原子力発電所では、人類史上最大規模の核災害を引き起こし、9年経過した現在も収束していません。  福島核災害の主因の一つは、日本の原子力規制行政が腐敗し尽くしており規制として体をなしていなかったことがあり、「原子力は規制の上に成り立つ」が完全に瓦解していたことが原因で、市民の目にも原子力安全保安院長の逃亡や特許庁からやってきたスポークスマンおじさん、原子力安全委員長のデタラメぶりが明らかとなりました。  しかし原子力安全保安院(保安院)の解体に始まる原子力規制委員会(NRA)への再編にあたっては、過去の行政、業界との癒着が反省され、原点としては合衆国原子力規制委員会(U.S. NRC)を目指すものとされました。  世界に冠たる穴だらけの笊欠陥規制を世界一の規制と僭称(せんしょう)したり、今年に入り電力業界との癒着密談がスッパ抜かれる*など、原子力安全保安院への先祖返りが強く懸念されますが、少なくとも地震評価などの既存の項目については及第点ギリギリの独立性を維持していると言えます。また、電力、脱原子力両陣営から批判されますが、「事業としての成立可否は考慮しない、規制との適合性を申請があれば評価するだけ、申請はご自由に」という考えは、規制当局のあり方としては妥当と考えて良いでしょう。 〈*規制委、密室で指導案排除 関電原発の火山灰対策、議事録作らず2020/01/04 毎日新聞〉  現実には、電力業界と財界の期待に反してNRAは、規制そのものを形骸化するという最後の一線を越えることはなく、特定重大事故等対処施設(特重)対策工事の猶予期限延長を認めないなど世界標準からは優秀とは言えなくとも、電力業界にとっては非常に厳しい対応をしています。  これを象徴するのが、大飯発電所内の敷地断層掘り起こし調査にはじまり、原電敦賀2号炉の浦底断層一発ダウン(現在8カウント目)、北電泊全炉の地質調査不備による適合性検査の事実上の停止(TKO寸前)といえます。これら「規制リスク」は電力業界にとっては青天の霹靂で、原子力安全員会や保安院同様にNRAを手込めにすることを考えていた目論見が完全に外れたと言えます。安倍晋三自公政権下でこれを阻止できているのは注目に値することです。  また司法においても、福島核災害直後に過去の原発裁判に関する研究会(反省会)が行われるなど、全国の裁判官に福島核災害が与えた衝撃は大きなものがあります。勿論ヒラメ判事の蔓延が日本を歪めていることは変わらず、国策報復人事も蔓延しているとされます。しかし高浜発電所運転差し止め、伊方発電所運転差し止めといったかつてはあり得なかったことが実際に生じており、電力会社にとって「司法リスク」は、「ありえないなんて事はありえない」ものとなっています。  これらによって、本来2014年末以降を目処に一番手として操業再開する見込みだった伊方発電所は、2014年愛媛県知事選の政治的リスク回避もあって延期となり、鹿児島県知事選を終えたことで川内発電所が一番手となり、全体として1年半程度の操業再開の遅延を来しました。更に高浜発電所3,4号炉、伊方3号炉が運転差し止め仮処分で長期計画外停止という司法リスクに見舞われています。加えて火山影響評価の強化という規制リスクが進行中です。  では実際に数値にどのような影響があったか、伊方発電所3号炉を例として見てみましょう。

数字で見る伊方発電所の過去、現在、未来

 まず大前提として、伊方発電所3号炉(伊方3)は国内中型炉としては最優秀炉です。伊方3は、国内PWRでは第二次改良標準化炉(二標)の完成期に建設されており、見かけは同じですが蒸気発生機(SG)など、やや旧式で第一次改良標準化炉(一標)から二標への移行期にあった高浜3,4より高い完成度を誇ります。北海道電力泊3号炉(泊3)は、更に第三次改良標準化計画(三標)による改良型加圧水型原子炉(APWR)の技術要素を取り入れた原子炉です。泊3は、僅か1運転周期しか使われていないほぼ新品のたいへんに優れた原子炉ですが、地質評価における北海道電力の大失態から適合性審査に合格する可能性はたいへんに低く、評価対象外としています。
伊方発電所全炉設備利用率の推移

伊方発電所全炉設備利用率の推移
四国電力は、伊方1運開以降、福島核災害までPWR陣営の中でも極めて優秀な設備利用率を記録してきており、これは胸を張って誇ってよいものである
この優秀な運転実績を背景に、四国電力は2000年頃から伊方1,2の60年運転へ向けて大規模な設備投資を行ってきた
78年79年は、伊方1導入初期の不具合対策のために設備利用率が低下しているが、これは世界的に見ても普通のことである。
四国電力ホームページより

伊方発電所3号炉設備利用率実績(1994年度〜2022年度)

運転年度ごとの伊方発電所3号炉運転実績
1994年12月運開からの伊方3の年度ごとの設備利用率である
2020,2021年度は、運転差し止め仮処分および特重猶予期限切れで操業不能と仮定している
第26運転年度(2019年度)は、12/26より年度末いっぱいは第15回定検停止
原子力施設運転管理年報 原子力安全基盤機構および原子力産業新聞より筆者が集計

 グラフの様に伊方3号炉は、第17運転年度(2010年度)まで理論限界にほぼ一致する高い設備利用率を維持してきました。第18運転年度(2011年度)に第13回定検入りし、その後操業再開の1〜2年遅れ、更に2度にわたる運転差し止め決定、特重猶予期限切れによって設備利用率は少なくとも第18運転年度(2021年度末)まで低迷します。  これにより伊方3号炉が第40運転年度(2034年度)まで、理論上限81%の設備利用率を維持できたとして、その場合の40年生涯設備利用率は、68%となり、コスト計算の目安の下限となる70%を割り込みます。また、60年運転の場合も13ヶ月運転3ヶ月定検ですと72%であり、余裕がありません。この場合、2022年度以降、2年の計画外運転停止が生じれば生涯設備利用率が70%を割り込み、コスト上の有意性はなくなります。これまでの28年間で原子力発電を取り巻く環境は世界的にたいへんに厳しいものとなり、国内では設備利用率の低迷となって現れていますが、今後33年間、社会情勢が原子力発電にとって更に厳しいものとなる可能性は高く、伊方3号炉の将来はたいへんに厳しいものとなります。まさに今後33年間、薄氷を踏む様な状況です。  ここで電力業界が過去20年間準備を続け、2011〜12年に導入開始が見込まれていた長サイクル運転(18ヶ月運転3ヶ月定検)を導入した場合を考えてみます。  海外では最優良の事例として24ヶ月運転、2ヶ月定検の24-2運転がなされていますが、現在日本で採用されている炉心設計、配置では、18ヶ月運転までが限界で、それ以降は原子炉の出力が維持できなくなります。また定検期間を2ヶ月に短縮する動きもありますが、高経年炉ばかりになる実態から、保守的に定検期間を3ヶ月とし、18-3運転を想定します。なお、日本でも炉心設計、配置の改良と濃縮度の変更によって24ヶ月運転の導入は可能ですし、定検期間の短縮も不可能ではありません。しかし、そのことにかかる時間と費用を考えて本稿では保守的に18-3運転で試算します。  特重完成後の2022年度から直ちに18-3運転(設備利用率86%)を導入した場合、40年生涯設備利用率は70%ちょうどとなり、60年生涯設備利用率は75%となります。これならば、60年運転で合衆国の中下位の原子力発電所相当となり、なんとか60年運転維持の判断となります。但し、2年後に長サイクル運転の導入は「無理だろうな」と筆者は考えます。政治的には、長サイクル運転の導入にはまだ5年程度の時間を要すると考えられます。また立地自治体の伊方町と八幡浜市にとっては、長サイクル運転の導入は、約1000人/日という定検時の原子力労働者需要が少なくとも30%減少することを意味しますので、旨味が全くなく、単に経済活動への打撃となります。  現状で九電4炉と関電4炉は伊方発電所3号炉と同等またはそれ以上の運転実績ですから、伊方発電所3号炉を下限として今後の運転実績は予測できます。  今後予想される政治環境の変化、国際環境の変化、経済環境の変化はすべて原子力開発に逆風であり、資源環境でもシェール革命などの新・化石資源革命と再生可能エネルギー革命によって有意性は全く失われています。故に原子力発電の今後は、既存現状維持ですが、現状ではPWR9炉(大飯・高浜・玄海3,4号炉と川内1,2号炉、伊方3号炉)が5年以内の18-3長サイクル運転の導入で辛うじて60年運転の合理性を維持できるという状況です。ここに火山影響評価をはじめとした将来の規制リスク、長サイクル運転導入や60年運転導入時に生じる司法リスク、政治リスクを考えると、PWR9炉ですら未来は茨の道と言うほかないです。
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自ら巨大なサンクコストを抱えた四国電力
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