「生命だけは平等」という理念を実現すべく、清濁併せ呑み行動した男。『ゴッドドクター 徳田虎雄』著者、山岡淳一郎氏に聞く

『ゴッドドクター 徳田虎雄』 山岡淳一郎 書影

せめて、生命だけは平等だ

―― 山岡さんの新著『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)は、世界屈指の民間病院グループ「徳洲会」を一代で築き上げた徳田虎雄を描いた作品です。なぜ徳田さんに注目したのですか。 山岡淳一郎氏(以下、山岡): 徳田虎雄と言うと、政治とカネのゴタゴタや、いわゆる徳洲会事件のイメージが強いかもしれませんが、徳田氏と彼の伴走者たちが作り上げた徳洲会は、日本の医療史の中で見ても突出したものであり、「医療革命」と呼ぶべきものです。  もともと日本には江戸時代まで病院らしい病院がありませんでした。そのため、明治時代になると西洋医学が取り入れられ、病院が作られていきます。その際、病院を運営する主体は帝国大学の大学病院や陸海軍病院、都道府県立病院、日本赤十字といったように「官」が中心となり、民間の開業医はその下に位置づけられました。開業医たちは自由開業医制に基づき、どこにでも自由に診療所を開くことが許されましたが、その場所は自ずと都会に集中していきました。  また、西洋医学とともに日本に入ってきたのが、「医局講座制」という概念です。医局講座制とは、医学部の教育と大学病院の運営を一体的に行うという考え方です。その結果、医学部では教授をトップとして准教授や講師、助教といったヒエラルキーが形成されていますが、この序列がそのまま医療の現場にも反映されることになったのです。  徳田氏が医者になったとき、医療の世界にはこうした構造が出来上がっていました。そうした中、彼は医療過疎地に目をつけ、次から次へと病院を建てていったのです。それまでも医者一族が特定の地域に民間病院をいくつか建てるといったことはありましたが、民間病院で全国展開したのは徳洲会が初めてでしょう。  徳田氏は病院を拡大するにあたり、当初は出身大学である大阪大学医学部から医者を派遣してもらっていましたが、医者の数が足りず、医局講座制から弾き飛ばされたアメリカ帰りの医者などをかき集めました。徳洲会の礎はアメリカ帰りの医師たちが築いた。医局講座制とは別の路線を築いたという点でも、革命的だったのです。

「怒りと悲しみ」に突き動かされ、辿り着いた理念

―― 徳田さんの原動力は何だったのですか。 山岡:一言で言えば怒りと悲しみです。徳田氏の出身地である徳之島は本土から差別されてきた歴史があります。そのため、徳之島出身者たちは独立不羈の気性を持っています。実際、徳之島からは腕一本で勝負できる医者や弁護士が多く排出されており、それと同時に、ヤクザもたくさん生まれています。ヤクザも腕一本で勝負できるからです。  また、徳田氏は幼いころに弟を病気で亡くしています。弟が倒れたとき、虎雄少年は真夜中に医者を呼びにいきますが、医者から往診を断られます。そこで別の医者を呼びにいったのですが、間に合わず、弟は亡くなってしまいました。それが「生命だけは平等だ」という徳洲会の理念につながっています。  実は徳田氏は「生命だけは平等だ」というセリフを吐くとき、頭に「せめて」を添えていたそうです。「せめて、生命だけは平等だ」ということです。残念ながら人間は平等ではありません。生まれにも能力にも差があります。しかし、病気になったときに病院にかかれるという点では、せめて平等でなければならない。金持ちは病院に行けるが、貧乏人は行けないのはおかしい。  私はこの「せめて」という言葉に、徳田氏と伴走者の全てが詰まっているように感じます。これが徳洲会の原点であり、そこに普遍的な力があったからこそ、徳洲会はこれほど拡大したのだと思います。
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