―― 徳洲会が医療過疎地を救ってきたことは間違いありませんが、徳田さんの強引な手法は多くの批判を浴びてきました。最終的に、徳田さんは徳洲会の公職選挙法違反事件をめぐって理事長職を退くことになりました。
山岡:確かに徳田氏は聖人君子のような人物ではありません。非常に猜疑心の強い人のようです。デリカシーもなさそうですし、一般的な意味で洗練された人ではありません。また、徳田氏は国政選挙に打って出た際に30億円もの大金をばらまき、地元のヤクザにもお金が渡っています。病院経営においても独裁的な権力を振るってきました。
しかし、理屈だけでは人を動かせないことも事実です。徳田氏は「人間ウジ虫論」を唱え、人間はウジ虫のように好き勝手に這いずり回り、何をするかわからない生き物だと説いています。そのウジ虫たちをまとめ上げるには、どうしても強烈な統率力やカリスマ性が必要になるのです。
昨今の日本では綺麗事がはびこり、何か不祥事があるとみんなで責め立て、謝罪しなくてもいいようなことで謝罪に追い込まれる。一方で大悪がまかり通り、権力者が責任を取らない。社会全体で「角を矯めて牛を殺す」状態です。角は角でいい。品行方正は評論家の物言いにすぎません。佐高信さんの批判的造語「まじめナルシシズム」では事は成せない。
そういう意味では、私の立場は明確に「反・綺麗事」です。今回の本の冒頭で、あえて徳田氏の選挙とヤクザの関わりを描いたのもそのためです。
―― 先日アフガニスタンで殺された中村哲医師も徳洲会と関係がありました。中村さんは西側諸国から国際テロ組織と見なされているタリバンと良好な関係を築き、医療活動に取り組んでいました。まさに綺麗事でない世界があったのではないかと想像されます。
山岡:アフガニスタンで活動しようと思えば、極端な話、過激派やテロリストとされる人たちにさえ恩恵を与えなければならない局面もあったはずです。
九州の徳洲会は中村さんの活動を支援していましたが、中村さんの活動に感ずるところがあったからバックアップしていたのだと思います。
―― 綺麗事だけでは事を成し遂げられないことを知るためにも、改めて徳洲会のあり方を見直す必要があります。
山岡:徳田氏の根本には「生命だけは平等だ」という、誰が見ても真っ当な理念があります。この理念を現実社会で実現するには、ある種の狂気が必要になります。狂気とはものすごいエネルギーを持つ炎のようなもので、使い方によっては凶器になりますが、その一方で文明を切り開くこともできます。
いまの日本社会からはこの炎が失われつつあります。これをどうやって取り戻すかということが我々に問われているのだと思います。
(1月25日、聞き手・構成 中村友哉)
山岡淳一郎(やまおか・じゅんいちろう)
1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。一般社団法人デモクラシータイムス同人を務める。近著に『勝海舟 歴史を動かす交渉力』(草思社文庫)、『生きのびるマンション』(岩波新書)など。