AERA連載「池田大作研究」に抱いた、拭い切れぬ違和感<藤倉善郎氏>

創価学会はキリスト教ではない

 教祖や教祖的存在であるリーダーが存命中であったり、そのリーダーが直接作り上げた組織が健在であったりする新興宗教を、「歴史」と「教え」に依拠する伝統宗教と同じ方法論で研究する。このこと自体に無理がありすぎる。  キリスト教も、たとえばカトリックでは性虐待が問題化して久しいし、プロテスタントを標榜する教会でもセクハラや児童への性虐待が度々起きている。しかしイエスがセクハラや性虐待をしたわけではない。現在のカトリックもプロテスタントもイエスが直接組織化した集団ではない。それをもってイエスの存在や言葉を評価するのは、むしろ公正ではない。  しかし池田氏は違う。創価学会が生み出してきた様々な問題の直接の責任者だ。公式刊行物以外から情報を得るのに、2000年前の古文書の発見を待つ必要もない。国会図書館なり大宅壮一文庫なり、ほかの宗教関係の研究機関や資料館などでいくらでも手に入る。なんならAmazonだってある。  キリスト教と創価学会とでは、存在する時代も指摘されている問題の構図も確認可能な資料の量も質も、全てが違う。キリスト教神学の手法を、あえて創価学会に当てはめるのは、創価学会や池田氏に都合の悪そうな情報や論点を除外する行為だ。

新興宗教の権威化と問題の矮小化

 一般的に、キリスト教などの世界規模の伝統的な宗教の権威に新興宗教を重ねることで教団への社会的批判を矮小化し宗教団体を正当化あるいは権威化する論法は、珍しくない。乱暴に要約すると、「キリスト教だって初期はカルトだった。宗教とは本来社会との摩擦が起きるものだ。だから現在の新興宗教をカルトとして批判するのは正しくない」といった類の論法だ。  2013年に、ジャーナリストの佐々木俊尚氏が幸福の科学による書籍『公開霊言 スティーブ・ジョブズ衝撃の復活』の出版記念イベントに登壇した。同書は、教祖・大川隆法総裁がスティーブ・ジョブズの霊を呼び出したと称して語った言葉を書籍化したものである。佐々木氏は事前にネット上で批判を浴びて「炎上」し、Twitter上でこう釈明した。 〈現在の幸福の科学はカルトではないと思いますよ。またカルトの定義も国や時代によって変わるし、教団の形態も変化します。世界宗教だって原始段階ではだいたいカルトです。〉(佐々木氏のTwitterより)  この主張の誤りは単純だ。「世界宗教」の初期段階を現代の価値基準で語ること自体が無意味であり、それによって現在批判を浴びている宗教集団の問題が帳消しになるわけでもない。カルトについての知識がない人でも、順を追って考えればさして難しい話ではないだろう。  佐々木氏は、ただ漠然と「世界宗教」の歴史を引き合いに出して、幸福の科学がなぜ批判されているのかという議論を無視しているだけだ。  最近Twitterで、幸福の科学を批判する人々に対して信者がこう言い放った。 〈今は、これから3000年続く宗教の最初期です。幸福の科学は伝統宗教になりますよ〉  仮に3000年後に伝統宗教になるなら、3000年後に評価してやればいい。いま批判を浴びている宗教団体をあえて「3000年後の伝統宗教」として扱う意味はない。そんなことを言いだしたら、3000年後には悪魔崇拝が世界を席巻し、いまはまだ幸福の科学から悪魔扱いされているにすぎない私(藤倉善郎)が大出世して「悪魔神社」として崇拝され、正月には初詣客でごった返す可能性だってあるのだが。  幸福の科学自身、教団の公式サイトで教祖の「霊言」の正しさを主張する根拠として、神のメッセンジャーであるモーゼやイエス・キリストやムハンマドを引き合いに出して、こう書いている。 〈歴史をひもとくと、実は古代から現代に到るまで、宗教家や霊能者によって、「霊言」は行われてきた。世界宗教と言われる仏教、キリスト教、イスラム教も、実は「霊言」から始まっている〉(これぞ、「霊界の実証」! 大川隆法「公開霊言シリーズより)  かつてオウム真理教を好意的に評価した中沢新一氏も、その論法はこれに通じる。麻原彰晃との対談記事で、〈オウム真理教は、もともと反社会的な宗教なのです〉という麻原の発言に中沢氏はこう応じている。 〈あらゆる社会的なスタンダードを乗り越えていく生き方を探求することが宗教の生命ならば、たしかにあらゆる宗教は本来「反社会性」を内に秘めているのだ、とぼくも思います〉(『SPA!』1989年12月6日号掲載「〝狂気〟がなければ宗教じゃない」より)  この対談は、坂本堤弁護士一家殺害事件発生後、教団に疑いの目が向けられていた時期に収録されている。対談で中沢氏自身も事件(当時は疑惑)に言及し、関与を否定する麻原の主張を鵜呑みにしてやりすごし、その上での上記の発言だ。  伝統宗教も、長い歴史の中では、その時代におけるスタンダートへのカウンターの側面を持ち、社会との対立や摩擦を生んできた。しかしイエスやムハンマドや仏陀は自らを批判する弁護士を家族もろとも殺害したか? いや、仮にそのような事実があったとしても、それを理由にオウムによる殺人(発生当時は確証のない疑惑だったとしても)を正当化することはできない。  いずれの言説も、伝統的な宗教を引き合いに出すことで問題をすり替え矮小化、あるいは無効化してしまう論法だ。  残念なことに、社会的に十分認知されているとは言い難いカルト問題をめぐる論争では、こうした論法が一般の人々の間で強い批判を浴びることはほぼない。佐々木氏が炎上したのは例外だ。この論法は、宗教の問題について知ったかぶりをして批判を軽視あるいは冷笑しようとする人々の間で重宝され、機能してしまっている。  佐藤氏の連載は、ここまで露骨ではない。自分が神学を学んだとか、母親がクリスチャンだったといった個人的な馴染みの深さからキリスト教を引き合いに出しているだけという読み方もできる。佐藤氏には、「伝統宗教に便乗したカルトの権威化」論法に陥っている自覚はないかもしれないし、そもそもその手の論法の存在すら認識していないかもしれない。  しかし書き手の自覚は関係ない。池田氏をイエスやパウロになぞらえ、キリスト教のイメージと重ねて読者に見せている以上、伝統的な世界宗教のイメージを流用した権威化であることに変わりはない。  本稿の本題ではないので詳しくは省くが、私は伝統宗教の正しさを主張したいのではない。むしろ逆だ。キリスト教も含めあらゆる宗教について、無批判に権威化すること自体に疑問を抱いている。建前だけで評価すべきではないという私の考えは、カルトのみならず全ての宗教団体に、そればかりかあらゆる集団・個人に当てはまる。具体的な問題から人々の目をそらす論法は全て欺瞞だ。
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