安倍首相と枝野代表の「施政方針演説」を比較してみた

「国家を優先し個人が国に尽くす社会」か「個人が幸福になり皆で支え合う社会」か

【現状認識】 安倍首相:「日本はもう成長できない」。7年前、この「諦めの壁」に対して、私たちはまず、3本の矢を力強く放ちました。(略)我が国は、もはや、かつての日本ではありません。「諦めの壁」は、完全に打ち破ることができた。 枝野代表:7年が経過しても、いわゆるトリクルダウンは起こらず、多くの皆さんは豊かさを実感できていません。格差が固定化し、明日への希望を見いだせない国民が増えています。日本経済の過半を占める個人消費は回復の兆しすら見せず、アベノミクスの限界は明確です。(略)日本は、戦後復興から高度成長へと人口も経済も急激に拡大してきた昭和の後半から、平成期を挟んで、人口減少社会、成熟経済へと大きく変化しました。その中で、社会状況に合わなくなったにもかかわらず、昭和の成功体験にとらわれ、無理やり引っ張り続けてきた多くのことが、限界に達し、矛盾を露呈してきたのが現状です。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  まず、日本の現状に対する認識を比べます。安倍首相は、経済成長を最重視し、それが再び実現するようになったとの現状認識を示しています。他方、枝野代表は、人口減少や経済の成熟化など、前提条件が変化したにもかかわらず、過去の経済成長を繰り返そうとして、社会のひずみを拡大しているとの認識です。  これらから、経済成長の実現によって社会問題が解決されつつあるとの安倍首相の認識と、経済成長を至上命題とすることで社会問題が増幅されつつあるとの枝野代表の認識が、真っ向から対立しています。経済成長の実現によって社会問題を解決しようとする与党ブロックと、社会問題の解決によって活力ある経済を実現しようとする野党ブロックとの、基本的な政策方針の違いも見えてきます。 【国家方針】 安倍首相:国のかたちを語るもの。それは憲法です。未来に向かってどのような国を目指すのか。その案を示すのは、私たち国会議員の責任ではないでしょうか。新たな時代を迎えた今こそ、未来を見つめ、歴史的な使命を果たすため、憲法審査会の場で、共に、その責任を果たしていこうではありませんか。世界の真ん中で輝く日本、希望にあふれ誇りある日本を創り上げる。その大きな夢に向かって、この7年間、全力を尽くしてきました。夢を夢のままで終わらせてはならない。 枝野代表:私は、最大野党の党首の責任として、「支え合う安心」と「豊かさの分かち合い」を実現する「責任ある充実した政府」をもう一つの選択肢として高く掲げます。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  両者の現状認識の違いは、国家方針の違いにも表れています。安倍首相は、経済成長を最重視し、自らの考える国家像を実現する上で、日本国憲法がその壁になっていると考えているようです。安倍首相は、その国家像を具体的に示していませんが、少なくとも現行憲法の基本原則と、すべてもしくは一部異なる国家像を抱いていると分かります。  他方、枝野代表は、憲法と軌を一にする国家方針を示しました。「支え合う安心」「豊かさの分かち合い」は、憲法の積極的自由や幸福追求の考え方と合致し、「責任ある充実した政府」は国民主権や社会権の強化となります。  これらから、日本全体(国家)の力を強化しようとする安倍首相と、個人の幸福追求を優先する枝野代表とで、国家方針をめぐる大きな違いがあると分かります。憲法は、個人を国家よりも重視しているため、国家を個人よりも重視する安倍首相が憲法改正を「夢」と語るのは、論理的にも当然となります。

トリクルダウンの安倍、ボトムアップの枝野

【経済政策方針】 安倍首相:日本経済は、この7年間で13%成長し、来年度予算の税収は過去最高となりました。(略)経済再生なくして財政健全化なし。(略)この6年間、生産年齢人口が500万人減少する一方で、雇用は380万人増加しました。人手不足が続く中で、最低賃金も現行方式で過去最高の上げ幅となり、史上初めて全国平均900円を超えました。足元では、9割近い中小企業で、賃上げが実現しています。(略)経済社会が大きく変化する中、ライフスタイルの多様化は時代の必然であります。今こそ、日本の雇用慣行を大きく改め、働き方改革を、皆さん、共に、進めていこうではありませんか。 枝野代表:バブル崩壊後のGDP国内総生産の成長率は、2018年までの平均で1%未満。(略)国全体が貧しくなったのではなく、一人ひとりに行き渡らないため、多くの国民が豊かさを実感できず、消費を冷え込ませ経済を低迷させているのです。(略)偏って存在している豊かさを分かち合うことで、多くの国民がその実感を持てるようにします。それが、可処分所得を実質的に拡大させ、国内消費を伸ばし、GDPの持続的成長につながる最大の経済対策となります。(略)「分配なくして成長なし。」私は、社会状況の変化を踏まえて経済政策の根本を転換し、「豊かさの分かち合い」を進めることで、一人ひとりが豊かさを実感できる社会と、内需が着実に成長する経済を実現します。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  経済方針も、両者は大きく異なります。安倍首相は、自らの経済政策で力強く経済成長し、その結果として雇用環境も大幅に改善したと誇っています。今後は、現行の政策方針を堅持しつつ、正規雇用で安定して働くことを指すと思われる「日本の雇用慣行」を「大きく改め」ると宣言しており、より雇用の流動化を進める方針と思われます。  他方、枝野代表は、平成30年間の低成長を指摘し、その主たる原因が個人消費の減退にあると論じています。そのため、賃金を含む雇用の安定化や下請企業の底上げによって、内需主導で着実に成長する経済を目指すとしています。  両者の違いは、スローガンにも表れています。安倍首相の「経済再生なくして財政健全化なし」と、枝野代表の「分配なくして成長なし」です。安倍首相の方針は、経済成長の果実によって社会政策の財源を確保するものです。明示されているわけではありませんが、トリクルダウンの考え方です。枝野代表の方針は、社会政策の結果としての個人消費の底上げによって経済成長を実現するものです。これは、ボトムアップの考え方です。  つまり、安倍首相のトリクルダウンの経済政策と、枝野代表のボトムアップの経済政策の違いが示されています。
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「平等よりも競争」か「競争よりも平等」か
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