お目汚しで恐縮だが、筆者のすきっ歯治療のビフォー(左)とアフター。日本だと40万円で数週間かかると言われたのだが、タイでは40分でたったの9000円だった
「このままではオレ、結婚できない」
10年前の筆者はどうしようもない劣等感に苛まれていた。問題は「前歯」だった。生え変わった二本の間には、コメ一粒分位の隙間が空いていた。
一度、渋谷の審美歯科へ相談に行ったこともある。診断は「前歯六本全てをべニア*にして、四十万円ですかね」
〈*歯を薄く削りその上に貼り付けて修復するためのセラミックなどでできた薄片〉
四十万円も痛いが、まだ健康な前歯を削るというのが納得いかなかった。
そして10年前、筆者は初めてタイ・サムイ島へ行くことになった。バンコクで飛行機を乗り換えると、約一時間程度の距離である。
空港に着くと、無料地図をもらうことができる。この「無料地図」により、筆者の人生は永遠に変わることとなる。
誰かが広告費を払っているから地図を無料にできるわけだが、何気なく地図にある島の周りを見回すと、
広告の半分以上が歯医者だった。一体これは何なのか。
早速、筆者は聞き込みに入った。聞いた相手は、泊まった安宿のフランス人オーナー、日本料理店の店主、オーストラリア人の断食インストラクター、ドイツ人のスキューバダイビングインストラクター等である。
タイにおいて
歯科が重要な外貨獲得源となっており、タイの歯科が優れているのは実は世界的常識であることが判明した。筆者の胸は高鳴った。これなら乳歯が生え変わったときからずっと悩みだったすきっ歯も何とかできるのではないか。
一日200バーツで借り出した原付に乗り、筆者は目に飛び込む歯科全てに入っていった。
見立てはどこも同じだった。「すきっ歯の治療は可能です。歯形をとってそれをバンコクのラボに送り、ベニアを作って送り返してもらいます。期間は一週間ですね」
問題はこの「一週間」だった。滞在は5日間で、すでに二日目だった。間に合わない。筆者は落胆しながら歯科を出るしかなかった。
六軒目か七軒目だったろうか。入っていった歯科でいつも通り歯を見せた。すると、歯科医が「ああ、こんなの簡単ですよ。私なら40分で治せます」と断言した。当然こちらとしては、”How?”と聞くしかない。この医師は歯の模型を取り出した。
「ここにピンクの素材が入っているでしょう。これがレジンです。要は歯の間にレジンを入れて真ん中を切り、歯の形に整えればいいのですよ。簡単な作業です」
歯科医はやたら「簡単」を繰り返す。そこまで簡単なら次の質問は”How much?”しかない。
「3000バーツですよ」
さんぜんばーつ……2010年当時、1バーツは2.8円前後だった。3000×2.8は…つまり、日本円で9000円を切ってしまうのである。
「や、や、や、やります!今すぐやります!お願いします!」筆者は絶叫した。
「いや、今日はもう予約が入っておりますので無理ですね。明日の夕方なら空いていますが」
「絶対来ます!」
筆者は再び絶叫した。9000円なら、仮に失敗しても笑って済ませられるレベルだ。しかも、今までと違って歯を削る必要がない。こんなにいい話があるのだろうか。