一帯一路の成長でアメリカが警戒する「デジタル・シルクロード」における中国の戦略

デジタル・シルクロードの4つの領域と目的

 中国は巧みにアメリカと正面からぶつかることを避け、ひそかに新しい市場を開拓し、育ててきた。それがアジア、アフリカ、ラテンアメリカを中心に広がる一帯一路だ。その背景には世界的に民主主義が後退し、権威主義(全体主義、独裁主義など)が台頭していることがある(参照:『極論主義とネット世論操作が選挙のたびに民主主義を壊す』|HBOL)。  一帯一路の中核のひとつがデジタル・シルクロードなのである。前述の『Issues & Insights Vol. 19, WP8 – China’s Digital Silk Road: Strategic Technological Competition and Exporting Political Illiberalism』によれば中国は情報を重要な戦略的な資源として位置づけ、その収集と利用のための仕組みを構築してきた。デジタル・シルクロードには4つの領域がある。  これらによってデジタル・シルクロードに参加してくる国々の為政者にとって利便性の高い監視や世論操作が可能な環境ができあがる(参照:『世界に蔓延するネット世論操作産業。市場をリードするZTEとHUAWEI』|HBOL)。  前述のレポートでは、それぞれの分野で優位に立つ目的は、自由な資本主義と不自由な統治と指摘している。決して現在の国際秩序を破壊したり、置き換えたりしようとしていない。自由で開かれた資本主義は中国ならびに権威主義国家にとっても都合がよいのである。米中貿易戦争においてアメリカがHUAWEIやZTEを排除しようとしているのは中国が自由で開かれた取引をしていないからではなく、安全保障上の問題が主であり、中国は開かれた自由な貿易を求めている。  ただし、統治形態=政治においては権威主義の現体制を維持しようとしている。デジタル・シルクロードで実現される高度監視社会、ネット世論社会はまさにその統治形態にぴったりだ。中国はそのための仕組みをデジタル・シルクロードの一環として、各国に輸出している。この点が現在の民主主義的価値を重んじる国々とは相容れない点である。しかし、民主主義的価値は世界的に後退しており、その意味でも中国は世界の先端を走っていると言えるのかもしれない。言葉だけではわかりにくいと思うので簡単な図を付したので参考になれば幸いである。
デジタル・シルクロードによる世界統治システム

デジタル・シルクロードによる世界統治システム

 さらに中国はデジタル・シルクロードがもたらす新技術を使った検閲の方法や取り締まるための法律のモデルなども伝授しており、デジタル権威主義をフルセットで広めている。

ワタシたちが選ぶべき道は?

 このまま進むと一帯一路およびデジタル・シルクロードによってアジア、アフリカ、ラテンアメリカを取り込んだ中国の優位はゆるがない。世界の人口も経済も一帯一路が多数を占める時代になるのだから仕方がない。もちろん対抗する方法はいくつもある。大きく分けると2つ。  ・民主主義的価値観を持った国で連合して立ち向かう  ・中国が広めている「自由な資本主義と不自由な統治」に変わる新しいシステムを提示し、広める  現在、多くの民主主義的価値を認める国は、前者の方針を採っているが、これには無理がある。資本主義とネットの進展によって過去の民主主義は機能しなくなっている。中国が「自由な資本主義と不自由な統治」を広めているから民主主義が後退しているのではなく、民主主義が後退しているから中国が新しいシステムを提示してリードしたのである。アメリカのトランプ大統領がやっていることや、エドワード・スノーデンが暴露したアメリカ国家安全保障局(NSA)にマイクロソフトやフェイスブックなどの企業がデータを提供していたことを見ればわかるように民主主義は自壊しつつある。  残る選択肢は後者であるが、現在にいたるまで目立った新しいシステムの提案は見当たらないどころか、試みもない。それ以前に日本ではこうしたことを考える人すらほとんどいないのが現状だ。  最後にひどく素朴な疑問を付け加えておきたい。これまで力を持っていた世界の多くの国の指導者たちが中国に警戒を強めているわけだが、人口と経済成長が著しいアジア、アフリカ、ラテンアメリカにろくな手を打ってこないで今さら慌てるのは頭が悪いとしか思えない。なにか違う理由があるだろうか? これまでに紹介してきたレポートはいずれもアメリカやヨーロッパが重要視してこなかった間に、中国やロシアなどが存在感を増したと書いてあった。ただうっかり忘れていただけというのはあまりにも致命的なミスだ。選挙を常に意識しているから近視眼的なことしかできないということなのだろうか? <文・図版/一田和樹>
いちだかずき●IT企業経営者を経て、綿密な調査とITの知識をベースに、現実に起こりうるサイバー空間での情報戦を描く小説やノンフィクションの執筆活動を行う作家に。近著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器 日本でも見られるネット世論操作はすでに「産業化」している――』(角川新書)では、いまや「ハイブリッド戦」という新しい戦争の主武器にもなり得るフェイクニュースの実態を綿密な調査を元に明らかにしている
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