伊方原発3号炉差し止め仮処分決定の決定要旨からわかる、原発規制委による極めて杜撰で作為的なリスク評価

今回決定の本質

 この伊方3号炉運転差し止め仮処分、本訴は共に、四国電力にとっては、短期的経営に大きく影響するものであって、法廷において激しい対決が行われています。  前回指摘したように、長年指摘されてきた佐田岬半島沿岸の活断層存在の有無(とくに近いものは伊方発電所のほぼ正面の1km以内という主張もある)については、科学的調査を行い、その結果によって改めて追加の審査を要するか否かであって伊方発電所の息の根を止める過酷なものではありません。  一方で今回触れた火山影響評価には、そもそもの規制行政の根拠である「火山ガイド」*に致命的な欠陥があると言うことが根本原因であって、これも長年指摘されてきています。 〈*火山ガイドはあくまで参考資料ではあるが、他に火山噴火評価に用いる共通した文書がNRAに存在しない〉
伊方発電所3号炉

伊方発電所3号炉2019/04/13撮影 牧田
伊方3号炉は、国内中型原子炉としては最優秀炉と評しても過言でないが、激変した環境に適応できないままでは真価を発揮できない

 福島核災害前であれば、このような欠陥規制行政が露見することなく、福島核災害前と同じく、甚大な原子力・核災害を起こすまでは看過されたことでしょう。  しかし、世界の原子力規制行政そのものが福島核災害前後で激変しています。原子力を取り巻く新たな環境は、極めて厳しく厳格で抑制的なものです。そのなかで世界の原子力産業は格段に強化された規制と新・化石資源革命、再生可能世ネルギー革命という二大エネルギー革命の同時進行による強力な競争相手との闘いをも強いられています。  この環境は、日本も例外ではありませんが、その一方で原子力規制委員会の付け焼き刃的性格は火山ガイドに現れており、多重防護の第五層が存在しない原子力規制行政*とあわせて社会的受容(Public Acceptance)を失っています。 〈*NRAは、原子力防災に責任を持っていない。従って原子力多重防護の第五層が原子力規制行政に存在していない。結果として、アリバイ造りで実効性皆無と言うほかない原子力防災計画が核災害後であるにもかかわらず罷り通っている〉
多重防護の概要

表1 多重防護の概要
IAEA基準の動向 − 多重防護(5層)の考え方等
平成23年3月2日 (独)原子力安全基盤機構 原子力システム安全部 次長 山下 正弘 より引用

 原子力は、まっとうな規制とその厳格な実行の上に初めて成り立つという特異な産業ですが、日本ではその土台である規制が極めて異常な欠陥規制であるという特徴を持ちます。このような状態では、伊方3号炉のような国内中型炉としては最優秀と言える原子炉であってもまともに機能できるとは言えず、実際に規制行政の欠陥による司法リスクと規制行政に対する甘えによる判断ミスによって設備利用率が著しく低下しています。  高裁決定から数日もたたずに北陸電力(陸電)社長による暴言*が報じられましたが、原子力事業体の幹部がこのような軽率な暴言を広言するようでは本邦の原子力業界に未来はありません。 〈*北陸電力社長「変な判決あった」 伊方原発の運転禁止受け2020/01/23 佐賀新聞〉  すでに原子力環境を取り巻く環境は、福島核災害前には戻りません。過度の環境適応によって、官僚的組織原理と属人的ネットワークで意思決定と行動する事に固定化している原子力・電力業界はこのままでは近い将来自滅するでしょうが、それによって市民も抱きつき心中されるという旧軍と同じ轍を踏みかねない現実があります*。 〈*『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』, 1984/05/01 戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎 ダイヤモンド社 文庫版は中公文庫〉  原子力利用を継続するにしても脱却するにしても電力・原子力業界と規制行政の失敗の本質を真摯に見直すことは必須と考えます。  本シリーズは一旦ここで筆を置きます。筆者は、4ルートの仮処分決定文要旨を比較していますが、たいへんに面白く、後日ご紹介する機会があるかもしれません。 ◆筆者追記  本シリーズ執筆中に、わずか二週間で3回目となる重大インシデントが第15回定検中の伊方発電所で発生しました*。本来、第二世代原子炉40年の生涯の中ですら滅多なことではあってはならない重大インシデントが多発することにより、伊方発電所の運用体制に深刻な疑念が生じています。  四国電力は、山口ルート広島高裁決定に対する保全異議申し立てを当分行わないこと表明しました**。これによって伊方3号炉は少なくともこの先3年近く操業できないこととなりました。  3年もあれば差し止め訴訟での争点(弱点)や今回のインシデント多発について根本的な対策をとる事は可能です。  今こそ伊方発電所の存亡を決める決断の時と言えましょう。電力会社がこれまでに行ってきたヒノマルゲンパツPA(JVNPA)は、もはや百害あって一利無しであるということを自覚して物事を考えて欲しいものです。 〈* 四国電力社長、愛媛知事に謝罪 伊方原発トラブルで2019/01/27日本経済新聞〉 〈**四国電、不服申し立てを見送り トラブル続き社長が知事に謝罪2020/01/27 共同通信『コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」』伊方発電所3号炉運転差し止め仮処分決定について 3 <文/牧田寛>
Twitter ID:@BB45_Colorado まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題について、そして2020年4月からは新型コロナウィルス・パンデミックについてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中
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