森林火災、スーパー台風、洪水……。深刻化する環境問題、原因を作る金持ちは逃げ切り、一般人ほど割を食う現実<斎藤幸平氏>

Opening Day Of The World Economic Forum (WEF) 2020

Photographer: Simon Dawson/Bloomberg via Getty Images

「大分岐の時代」-気候変動対策が人類の未来を決める

―― 斎藤さんのベストセラー『未来への大分岐』(集英社新書)は、気候変動問題が大きなテーマになっています。日本でもスーパー台風や酷暑といった気候変動の影響が身近な問題になっていますが、国際社会ではどのような議論が行われているのですか。 未来への大分岐 書影斎藤幸平氏(以下、斎藤): 世界の気温上昇をいかに抑えるかという具体策について、各国の足並みがそろわず、政府間レベルでの協議は手詰まりな状況に陥っています。  5年前に採択されたパリ協定では、産業革命を起点に考えた気温上昇を2℃までに抑えることが目標とされました。しかし当初から、その対策内容が不十分であることが批判されており、温室効果ガス削減の2030年目標値の見直しを求める声が高まっています。ところが、昨年末の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)は、そのような声に応えられませんでした。  海面上昇にさらされる小国の島国は強い規制を求めており、EUが支援しているものの、アメリカ、中国、ブラジル、インドといった大国が消極的だからです。日本は、そもそも存在感すら示せていません。  気候変動の対策には、2020年代の10年が決定的な意味を持ちます。このままの二酸化炭素の排出ペースでは、2030年には1.5℃を超えてしまい、かなり危険な段階に突入することになる。どんな行動を起こすかで未来が決まる「大分岐の時代」を私たちは生きています。  それなのに国連会議では毎年同じような議論をして、結論を先延ばし。だからこそ、グレタ・トゥーンベリのような若者たちは怒っているのです。  抗議活動をしているのは「未来のための金曜日」(グレタさんが毎週金曜日に学校を休んで環境問題を訴えてきたことから始まった、政治家へ環境問題に対する積極的なアクションを求めた抗議行動)だけではありません。ロンドンを中心とする「絶滅への反逆」(「Extinction Rebellion」、略称「XR」として知られる温暖化に対する政治的な決断を促すために非暴力の直接行動を用いる社会・政治的な市民運動)やアメリカの「サンライズ・ムーブメント」(若者主導の気候変動に関する政治運動)のように、世界各地で直接行動を重視する環境運動が盛り上がっており、そうした下からの運動が、政治にも影響を与えています。アメリカのバーニー・サンダースらが提唱しているグリーン・ニューディールなどは、そうした下からの運動の力によるものです。  トランプを次の大統領選で当選させてはならないのです。彼は気候変動が起きているのを知っていながら、「否定」しています。気候変動を認めると、さまざまな規制を市場にしかねばならず、自分たちのような資本家が不利になるからです。  グレタさんがスピーチで「システムを変えなくてはいけない」と強調していたのは、そのためです。

気候変動で金儲けするビル・ゲイツ

―― 2019年に日本は台風15号・19号によって大きな被害を受けましたが、被害が集中したのは都心ではなく地方でした。日本では都心と地方の経済格差が深刻な問題になっていますが、気候変動がもたらす被害にも格差が生じています。 斎藤:それは気候変動をめぐる「正義」の問題です。気候変動の原因となる二酸化炭素を多く排出している先進国や都市部の人々、とくに富裕層に属する人たちほど気候変動によるダメージを受けにくく、あまり二酸化炭素を排出していない貧しい人たちほど気候変動の影響を受けやすいといった構造が生まれています。  たとえばトランプビル・ゲイツパリス・ヒルトンのようなスーパー富裕層は、プライベート・ジェットに乗ることで、一般の人たちの1万倍もの二酸化炭素を排出していると言われています。それにもかかわらず、富裕層はお金や技術を持っているため、現在の生活レベルを大方維持しつつ気候変動の影響を免れることができます。彼らは気候変動がもたらす災害に対して大きな責任があるにもかかわらず、その影響を受けないのです。トランプの気候変動否定を信じて、最終的に損をするのは支持者だけというわけです。  オーストラリアで火災がかなり深刻化しています。モリソン首相は何をしていたか? ハワイでバカンスです。この呑気さは、誰かのゴルフみたいですよね。  他方で、ボランティアの消火隊員は家族や自分の故郷を守るために消火活動をして、命を失っている。一部の人々の豪華な暮らしを可能にする石炭の既得権益を維持するために、一般の人々や多くの動物たちが犠牲になっているのです。 ―― 富裕層は気候変動まで金儲けのために利用しています。まさにナオミ・クラインの言う「ショック・ドクトリン」です。 斎藤:その典型がビル・ゲイツです。SNSでも最近彼のインタビューが話題になっていました(参照:「Bloomberg」)。  彼も途上国の人々の苦しみをもたらす先進国の責任を語っている。けれど、動画をよくみればわかるように、彼が関心あるのは、二酸化炭素の排出量削減ではなく、気候変動への「適応」にむけた技術開発がもたらすマーケットです。  例えば、ビル・ゲイツは地球工学(ジオエンジニアリング)と呼ばれる気候変動対策に多額の資金援助をしています。これは硫黄の小さな粒子を大気圏に散布することで、太陽光を遮断し、地球を冷却するといった技術です。  このプロジェクトは地球規模のものですから、膨大な研究費がかかります。しかし、プロジェクトがうまくいけば巨額のお金が入るわけです。  もっとも、地球工学は未知の技術なので、成功するかどうかはわかりません。大気システムに人為的に介入した結果、取り返しのつかない事態を招いてしまう恐れもあります。このような重大な政策意思決定に、スーパー富裕層の個人的な意向が大きな影響力を持つ。これは民主主義的ではありません。  他にも、海水を飲めるようにする技術の開発や、干ばつや熱波に強い遺伝子組み換え作物を販売するといったことも考えられます。あるいは北極の氷が全て溶ければ、その下に眠っている石油やガスを掘ることもできますし、欧州とアジアの最短ルート(北極海航路)として利用することもできます。資本はこうした危機を利用して新しい市場を開拓していくのです。
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大切なのは「下からの」社会運動
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