―― 地球温暖化を防止するためには、二酸化炭素を排出しないグリーンエネルギーを推進する必要があります。しかし、たとえば太陽光パネルを設置するために山林を切り開くといったことが行われる場合もあります。また、ドイツは福島原発事故をきっかけに脱原発へ舵を切りましたが、ここにきて二酸化炭素を出さない原発が再び注目されるようになっています。これでは本末転倒です。
斎藤:グリーンエネルギーの全てが全て良いわけではありません。太陽光パネルを作るためには非常に多くの資源が必要ですし、リチウムイオン蓄電池の原料であるリチウムやコバルトはチリやコンゴなどから輸入しており、その
採掘が環境を破壊し、搾取の温床となっています。
アメリカのジャーナリスト、トーマス・フリードマンは「
グリーン革命」を掲げ、脱炭素社会へ移行するために必要な公共投資や、そこで生じる新たな雇用によって経済成長が可能だと述べています。しかし、経済規模が大きくなれば、二酸化炭素の排出量を削減することがさらに困難になります。結局のところ、
グリーンエネルギーに転換することで、地球環境を維持しつつ、さらに豊かで快適な生活を送ろうという発想自体が間違いなのではないでしょうか。
私は
脱成長を実現し、持続可能な社会へ移行しなければならないと考えています。脱成長という言葉が反感を呼ぶのであれば、
自然の限界や地球の限界に重きを置いた生産に転換していくと言い換えてもいいでしょう。有限な地球で、無限の経済成長を求めることは、長期的には不合理です。
こんなことを言うと、貧困に苦しむ人たちの生活がますます苦しくなると思われるかもしれませんが、
富裕層トップ10%の二酸化炭素排出量をヨーロッパ人の平均まで削減するだけで、世界の二酸化炭素排出量を3分の1削減できます。そのため、まずは
富裕層の生活レベルから落としていけば、その他の人々への影響を抑えることができます。
下からの社会運動の重要性
―― ヨーロッパではグレタさんやローマ教皇などが積極的に気候変動問題に警鐘を鳴らしていますが、日本は自然豊かな国だと言われながらも、こうした動きはほとんど見られません。その違いはどこから来るのでしょうか。
斎藤:あまり文化論的になるのは良くないのですが、ドイツ人の哲学者マルクス・ガブリエルと『未来への大分岐』で対談をしたり、昨秋も1週間ほど話し合ったりした過程で、ヨーロッパ人が
自由や人権、文明といった啓蒙的な理念をいかに大切にしているかを再認識しました。
彼らはそれをヨーロッパだけに留めるのではなく、人類全体に広げようとする姿勢を持っています。そうでないと、この「大分岐の時代」を乗り越えられないと、ガブリエルのような知識人だけでなく、市民活動家たちも真剣に考えています。
もちろんこうした考え方がかつて植民地主義をもたらしたことは否定できませんが、その一方で、たとえば難民問題が生じると、多くの人たちが人権問題として難民を受け入れなければならないとヨーロッパの人々は考えるわけです。ここが難民問題を冷笑的に扱う国とヨーロッパとの違いです。
これに対して、日本の場合は台風や酷暑に直面しても「自然現象だから仕方ない」と受け入れてしまう傾向があります。しかし、
現在の気候変動は明らかに人間が引き起こした問題です。
自然現象だから仕方ないという議論に騙されてはなりません。
―― アメリカでは民主党のサンダースが温暖化対策に熱心に取り組んでいます。これに対して、日本ではれいわ新選組の山本太郎さんが「日本版サンダース」と見られていますが、れいわ新選組は気候変動に関して目立った政策を掲げていません。
斎藤:日本ではサンダースの反緊縮運動は「どんどんお金を刷って再分配し、みんなで豊かになろう」という考え方だと思われていますが、
欧米の反緊縮運動の根幹には気候変動問題があり、必ずしも経済成長を目指しているわけではありません。
実際、サンダースは大統領選に向けたマニフェストの中で気候変動問題に詳しく言及し、具体的な数値まで上げて野心的な対策案を打ち出しています。このマニフェストは1人や2人で書けるものではありません。サンダースの後ろには数十人単位の学者や専門家たちがついており、それをまとめ上げるチームが存在していると推測されます。
他方、
日本の反緊縮運動は単に減税によって景気を良くしようという発想にすぎません。学者やシンクタンクがシステマティックに政策をまとめ上げているわけでもありません。
気候変動問題を視野に入れているかどうかが、欧米の反緊縮運動と日本の大きな違いです。
―― 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC) によれば、 2100年までの気温上昇を1.5℃以内に収めるためには、二酸化炭素排出量を2030年までに45%削減しなければなりません。2030年まで、残りわずか10年しかありません。国家権力を強権的に発動することで気候変動問題を一気に片付けようという考え方が出てくる可能性もあります。
斎藤:残り時間があと10年、20年ということになってくると、強権的とは言わないまでも、国家の力をある程度使わざるをえません。現実問題として、二酸化炭素を排出する企業に対してブレーキをかけられるのは国家だけです。
とはいえ、国家だけに頼るのが危険であることも確かです。気候変動に対処したいという意図自体は良いものですが、そのために特定の政治リーダーに権力を預けてしまうと、「
エコ・ファシズム」のような独裁的な権力が生まれてしまう恐れがあります。
こうした事態を避けるために必要になるのが
社会運動です。社会運動によって絶えず闘争を行っていけば、国家の力に歯止めをかけることができます。その意味で、これからの10年は気候変動問題とともに下からの社会運動がきわめて重要になると思います。
(1月6日インタビュー、聞き手・構成 中村友哉)
斎藤幸平(さいとう・こうへい)
1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。Karl Marx’s Ecosocialism:Capital,Nature,and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前』)によって、2018年度ドイッチャー記念賞を日本人初、歴代最年少受賞。ベストセラー『未来への大分岐』(集英社新書)では、マルクス・ガブリエル、マイケル・ハート、ポール・メイソンら、欧米の一流の知識人と現代の危機について議論を重ねた。