取材期間1年7ヶ月、撮影時間700時間! テレビ業界騒然『さよならテレビ』の舞台裏<映画を通して「社会」を切り取る5>

『ヤクザと憲法』がヒットした東海テレビドキュメンタリーシリーズの最新作

 戸塚ヨットスクール校長・戸塚宏氏を描いた『平成ジレンマ』、オウム主任弁護人安田好弘氏の弁護活動を追った『死刑弁護人』、43年間死刑執行が見送られるも10回にわたる再審請求が実現していない名張毒ぶどう酒事件を描いた『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』『眠る村』を送り出し、近年では『ヤクザと憲法』『人生フルーツ』などのヒットを飛ばす東海テレビドキュメンタリー劇場シリーズ。
(C)東海テレビ放送

(C)東海テレビ放送

 いよいよ1月2日、自身のテレビ業界にカメラを向けた『さよならテレビ』がポレポレ東中野、名古屋シネマテークを皮切りに全国各地で公開となります。映画版『さよならテレビ』(109分)は、2018年9月に東海地方限定で放映された番組『さよならテレビ』(77分)に新たなシーンを加えた映画ですが、テレビ版の録画DVDは番組放映当初からまるで密造酒のように全国の映像制作者に出回っているという噂も。そんな同作の阿武野勝彦プロデューサーと圡方宏史監督にお話を聞きました。

みんなテレビが大好きだった

――宣伝文には「マスコミがマスゴミと揶揄されるようになって久しい」とありましたが、80年代には写真週刊誌等によるプライバシー侵害、90年代に入ってからは過剰な疑惑報道がもたらす誤報や報道機関が捜査側へ未公開の取材資料を渡した事件などもあり、今までにも報道のあり方について考え直す契機はあったように感じます。「叩くことはあっても叩かれることはない」と言われていたマスコミ業界でしたが、マスコミに対する批判についてはどのように感じていますか?
阿武野勝彦プロデューサー

阿武野勝彦プロデューサー

 阿武野:大学時代、新聞学科に在籍していましたが、僕個人はマスコミがどうあるべきかということよりも、情報の受け手としてどういう市民になるかということを学んでいました。大学は、記者養成所ではないという校風でしたので、個人がメディアとどのように関わるのかということを大学生の頃から考えていました。  当時は、学生運動の名残もあって、階級闘争をやるべきだと主張する人もいましたし、激しい人はブルジョア新聞・ブルジョア雑誌、NHKのことを「犬HK」と揶揄する人もいました(笑)。  テレビ局に入社して、アナウンサー、記者、営業、そしてプロデューサーと経験してきましたが、自分がエリートであると思ったことはないですし、自分が批判を受けない立場だと考えたことはないです。 ――80年、90年代はこのような企画が生まれる雰囲気ではなかったと思います。インターネットが登場して、個人がマスコミに批判を展開するようにもなり、テレビに対する見方も変わったのかもしれません。 阿武野:僕は1981年入社なのですが、当時名古屋地区の高速道路は「東海テレビです」と言うと、「ご苦労様です!」と言って料金所の職員さんがゲートをシュッと上げてくれました。メディアに対して「早く事件・事故現場に行かせてあげなくちゃ」という感じだったんですね。メディアは公共のものと意識されていたと思います。ニュースの取材に行くとありがたがられてお昼ご飯をごちそうになったりしていましたね。もらったことはないのですが、下手をするとご祝儀を包まれることもありました。影響力が大きく、テレビに扱われることが名誉だったんですね。 ――あの頃はみんなテレビ大好きでしたよね。 阿武野:そうですね。みんなテレビカメラに向かってピースしてましたよね。ところが、1990年代に入ると、名古屋の繁華街で路上でインタビューをしていると、「映ってました?映ってます?映っていたら使わないでください」と。ただの通りすがりの人にも、そんなことを言われてしまうようになりました。  テレビを忌避する人たちが現われたということを肌で感じました。昔は、路上インタビューは恥ずかしいけど出たいという感じでしたが、今では「迷惑です」とはっきり言われることが多くなりました。

働き方改革とジャーナリズム

――90年代におけるマスコミ産業における問題点は、スクープ合戦によってもたらされる取材の自由と取材を受ける側の人権という点にあったように感じましたが、働き方改革等により、この点は改善されたのでしょうか。
圡方宏史監督

圡方宏史監督

 圡方:名古屋だけかもしれませんが、予算がないので取材力も落ちているのを感じますね。スクープを取るためには効率の悪い取材をしなくてはいけません。例えば、かつては夜遅くまで取材相手に張り付いていた場合、デスクに電話して「他局がいます」と言うと「もっと残れ」と言われていました。ところが、今はコストを意識してこのようなことはなくなりつつあります。そうすると、自然と記者クラブなどの発表報道に頼ることになるんですね。ある時期からどの局もこのような方針にググっと舵を切ったような気がします。 ――阿武野さんはどのように感じていますか? 阿武野:『さよならテレビ』にもありましたが、働き方改革は、メディアの取材力というか足腰を弱くする恐れがあると感じています。記者の仕事を時間で区切れるか、ということです。時間に合わせて仕事をしていくと、こだわってこだわってということもなくなるだろうし、取材では、人に会って人に会って、ということもできなくなってしまいます。誰が何のために働き方改革をやっているのか。  日本の物づくり全般に対して言えることかもしれませんが、メディアの世界では、権力がそれを望んでいるのではないかと思えてなりません。徹底的な調査報道による批判によって、大きな打撃を受けることがなくなる。つまり、足腰を弱くすれば、安易にコントロールしやすくなってしまいまいますよね。もちろん、労働環境への配慮は重要ですが、そこをもっと考えなくてはならないのではないかと。作品を見て同じことを考える人はいると思います。 ――最近の若い記者の方についてはどのように感じていますか? 阿武野:自分の周りにいる若い記者は「公共」ということを常に考えていると思います。大きな災害が起きた時に「東海テレビの若い人たちは、さすがにこれだけの仕事ができる人たち」と実感できると思います。
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身内にカメラを向けた日々
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