――ハンセン病の人が住む村にも行っていたということですね。
僕は西東京の街で育ちました。幼い頃から遊び場といえば奥多摩の山だけ。そこで小さな冒険をしながら大人になりましたが、好奇心だけは人一倍だと思っています。
大学に入ってボクシングを始めて、1年でプロのライセンスを取ったと同時にボクシングをやめたんですね。このとき、中国のハンセン病隔離村で活動するNGOから誘いを受けたんです。
エネルギーが余っていたし、この平成の世にまだ“隔離された村”があるなんて、と無邪気な好奇心が駆り立てられて、すぐに参加することにしました。
ところが、いざ行ったら僕の好奇心なんて鼻息で吹き飛ばされてしまうほどの、壮絶な世界がそこにはありました。最寄りの村から山を三つ越えなければならない隔離村には、ハンセン病の“快復者”が暮らしています。“快復者”なんて言葉は本来おかしいんです。風邪をひいて治っても“風邪の快復者”なんて言いませんよね。でもハンセン病が治った人は“快復者”と呼ばれる。それは、重篤な後遺症が残りやすいからでもあるし、いまだ色濃い差別が残っていることも示唆しています。
ハンセン病の患者は国策で隔離され、山奥の村に放り込まれました。そうした“隔離村”が、僕が大学生だった2011年当時で中国に300ほどありました。
小学生の時にハンセン病が発覚し、家族から引き離されて村にやってきたおじいさんやおばあさんもいます。彼らの多くはそれ以来学校にも通えず、家族と再会できた人もほとんどいません。でも本当は、家族の元に帰っていいはずなんです。
特効薬が開発されるなど医療の進歩が進んで、無事に帰れる状態にはなりましたが、彼らは隔離村に死ぬまで住み続けようと決めています。
なぜか。それは差別があるからです。そしてその差別は、ハンセン病について人々が知識を持っていないから起こるんです。
――確かに。
僕も、初めて元ハンセン病のおじいさんと握手するときは恐ろしかった。だって、顔は崩れているし、指はない。だから、一生懸命学んだことを頭でぐるぐる思い返して、「大丈夫だ」と結論を出して握手をしました。
つまり、僕もハンセン病についての知識がなければ握手もできなかった。だから彼らが最寄りの町に行っても、町の人たちが驚いてしまってコミュニケーションできないのです。
そこで僕は「知らない」ということがいかに人を不幸に叩き落としうるか、翻って「人に何かを知らせること」がいかに大事な意味を持つのかを身を持って感じました。
その後、就職活動のシーズンがやって来て、テレビには自分にできることがありそうだと思い、この道に進みました。
(c)テレビ東京
――東海テレビ作の『ヤクザと憲法』、森達也監督の『A』が好きとのことでしたが、この番組でも意識していますか?
やはり、番組を見て価値がひっくり返るのは楽しいですよね。自分の価値が転換する経験というのは、ニュース番組や紀行番組で知らない世界を見るということ以上に、意味や奥行き、広がりがあるように感じます。自分の信じていたもの以外の常識や価値がこの世の中にあるということを知ることは、それからの世界との向き合い方に大きく影響します。これは報道ではできないことですよね。
――イベントで「わかりやすさだけを追求するのではなく、自分より100万人賢い人が見ていると思って番組を作っている」と発言していたのが印象的でした。
勉強している人は、次々と新しい世界を知るうちに、自分の知らない世界が無限に広がっているという現実にぶち当たって押しつぶされそうになりますよね。それが賢い人のゴールで、浅学な人ほどこれが正解なんだと言い切るように感じます。
理解できるだけの番組はぺらっとした含蓄のないものになってしまう気がして、その点は意識していますね。
――他にテレビについて何か感じていることはありますか?
テレビの不倫報道などを見てれば、テレビがいわゆる「悪人」を作っていますよね。僕の番組では悪い人を悪い人として描いていません。取材した少年兵もマフィアもギャングも皆、人を殺した経験があります。悪いことの中でも最も悪いとされる「殺人」をした人たちの話に耳を傾けたかったんです。
かといって、彼らの行動を正当化するつもりは全くありません。寄り添って理解しようとすることは、彼らを肯定することと極めて近いものですが、その線引きだけは自分の中で保っています。そういう意味ではこの番組は従来のテレビに対するアンチテーゼです。
――インターネットで好きな情報にしかアクセスしない人たちに向けてどのようなアプローチを考えていますか?
見たいものだけを見るという人に「これを見なさい」というのはおせっかいですよね。では、なぜメディアはわざわざ視聴者が見たくもないものを見せないといけないのか?ということについては、僕なりに仮説があります。
かなりの極論ですが、ヘイトに明け暮れる人は心霊番組が好きな人の心理状態と同じなのではないかと思っています。死後の世界についてはその存在があるにもかかわらず、一つも確かな情報がありません。
知らない人が死んだ後はさらに知らない存在になるから、過剰に理解の及ばない存在にまずは恐怖感を覚えるというのは、人間の防衛本能としては正常でしょう。
――そうですね。
それと同様に、言葉が通じなかったり歴史が異なったりする外国人の方々を恐れる人がいます。それが今度は画面の向こうではなく、同じ生活圏に立ち現れた結果、彼らは「排除」という行動に出てしまうんじゃないでしょうか。
ヘイトをする人たちは「怖い、嫌だ」と思うこと以上に相手を知ろうとはしないのではないかと。心霊番組の例は極端かもしれないですが…。
とにかく、みんな楽しく暮らせる社会を目指すには、まず知ってもらうことが必要だと思っています。
――確かに。
最低限、テレビを作っている自分たちのマナーとして、見たくないものを見たいようにみせることが必要なんですね。それでこの番組では露悪的なタイトルだとか没入感のある映像を入れています。テレビマンが培ってきたエンターテイメントの作法をフルに使って本当は視聴者のみなさんが見たくないものを見たいように見せています。
――なるほど。
エーリッヒ・フロムの『愛するということ』という本の中に、愛するということは、「知って、責任を感じること」と書いてあります。愛には責任が伴う、そこに至るには、まず知ることが必要であると。
テレビにはその役割を担う力があると思っています。遠い世界の住人の表情、言葉、仕草をテレビは見せることができる。事象だけをドライに伝えるニュースでは難しいかもしれないけれど、僕の番組ならばそれができます。番組を見て登場する人物に「何かしてあげたいな」と思ってもらえることがあるのではないかと。それを愛と呼んでいます。
全く知らない世界の全く知らない人々の存在を知らせて、愛してもらって、今の排他的な空気やギスギスした敵対心をなくして世間の空気を変えていきたい。
視聴者のみなさんが取得したい情報を提供することがマスメディアの役割だとは思っていません。「公共」ということを意識してこれからも番組作りをしていきたいと考えています。
<取材・文/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。
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◆これまでの作品◆
*ハイパーハードボイルドグルメリポート
#1・・・アフリカ元少女兵に密着&台湾マフィア組長は何を食う?
#2・・・全米一危険な街で殺し合う極悪ギャング 双方のアジトに潜入!
#3・・・麻薬密売アパート&極寒シベリア山奥のカルト教団村に潜入!
#4・・・中東から西ヨーロッパを目指す命をかけた不法国境越え
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